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ハツキ的“らくなちゅらる”な生き方

常務取締役
室長/管理部長兼

中川 葉月 (なかがわ はつき)

【Vol.85】黒い景色

投稿日:

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このところ、外で会う人と話をしていると「震災って何月でしたっけ?」「何年前でしたっけ?」という反応が返ってくることが多くなりました。被災地にいないと、もう過去のものになってしまったのかと思ってしまいます。そして先日、久しぶりに家族で福島へいってきました。相馬市で行われた慰霊祭に参加をするためです。相馬の方々と一緒に手をあわせ灯籠を流してきましたが、震災で受けた悲しみに終わりはないのだと、あらためて感じた時間でした。
 今回、慰霊祭の後飯舘村へ行ってきました。そう、ここは原発事故により住民全員の避難が指示されている村です。夫が震災支援をする中で出会った方に、この飯舘村出身の方がいらっしゃいました。「どの季節もとってもきれいなところなんです。いつかお見せしたいですよ」とおっしゃっていました。今は、除染作業が行われています。
 その除染作業が行われているために、村の様子は“美しい村” からはかけ離れた状態にされていました。ここでは、約5㎝の土を削り取る作業が行われており、削りとった土を入れた真っ黒な大きな袋があちこちに置かれていたのです。以前は牛がのんびり過ごしていたであろう牧場に。子どもたちが遊んでいたであろう公園に。村の人達が井戸端会議をしてたであろう道端に。黒い袋が並び続けます。そしてこの袋は今現在行き先は決まらず、ただただ村に増え続けるだけです。
 “原発を稼働させて出る廃棄物は、とても少ない” といっているのを聞いたことがありますが、この黒い袋が並び続けている状態を見たことがあるのでしょうか。これもひとつの廃棄物といってもよいはずです。原発を稼働させて出たものなのですから。
 誰も住んでいない村は、とても寂しく、家々に魂は宿っておらずに呼吸が止まっているようでした。動いているものといえば『除染中』を知らせるピンクの旗だけ。夫は村に降りて少し歩いていましたが、わたしは子どもと一緒だったために車からは出ずに車内から村を見ていただけでした。以前“美しい村” と言われていたこの場所に、いつか子どもとともに足をつけることのできる日がくるのでしょうか。また呼吸をはじめることができるのでしょうか。
 今、わたしはこの原稿を滋賀の家で書いています。琵琶湖の見える窓を大きく開け、虫の声を聞き、お庭で遊ぶ子どもの声を聞きながら。近くで原発の事故が起これば、この景色も、真っ黒な袋で覆われてしまうことでしょう。決して遠くで起こっている、わたしに関係のないことだとは思えません。

- ハツキ的“らくなちゅらる”な生き方 - 2014年10月発刊 Vol.85

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