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原発は本当に必要なのか?(前編)

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小出 裕章先生 インタビュー
原発は本当に必要なのか?(前編)

特集

小出 裕章先生 インタビュー
原発は本当に必要なのか?(前編)

原子力発電について、漠然と良くないと気づいているものの、「電気」という現代の暮らしになくてはならないエネルギーを考えるとき、はっきりと「要らない」と言うのは難しいもの。
そこで原子核工学者の小出裕章先生に話を伺いました。
前編では、原発が必要とされる理由の真偽を、後編では、化石燃料などのエネルギー資源の可能性や、電力自由化のからくりについて教えていただきます。
(エネルギーの話を主軸とし放射能の人体への影響については掘り下げません)

原子力発電の平和利用は被爆国の責務?

―原発の勉強をしようと思ったきっかけから教えていただけますか?

小出さん(以下小出)
私は1949年、東京の下町で生まれ育ちました。鉄腕アトムが流行っていた時代。アトムは原子力で動くロボットですよね。手塚治虫さんも、これからは原子力の時代だと、いち早くそう思って描いたのでしょう。サンフランシスコ講和条約が結ばれ、日本が占領から解放され、これから経済復興していこう!という一方で原爆情報が公開され始めました。私も中高生のころ原爆展を観て、原爆は本当に悲惨なものだと頭に刻み込んだわけです。原子力の時代だという宣伝も出る一方、原爆は悪いけれども、それを平和的に使うということは、むしろ原爆を受けた国の責務だと世間は思い込みました。高校を卒業し大学進学するときに、どうしても「平和利用としての原子力」をやりたいと思い込み、東北大学の工学部原子核工学科に進学しました。

―私の叔父も原子核工学専攻でした。当時そんなに勢いがあったのでしょうか。

小出
社会全体が平和利用の夢に酔っていました。当時の毎日新聞の記事では、原子力を「人類生存に不可欠」と言い切りこう伝えています。「原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない、大煙突も貯炭場もいらない(中略)ビルディングの地下室が発電所ということになる」(毎日新聞1954年7月2日より)。他紙もすべてそんな感じで、私も完璧に信じて原子力に進みました。本当の専門家は危険性について知っていたが、一般には知られていませんでした。

福島にある原子力発電所がなぜ「東京電力」のものなのか

―いつ危険性に気づかれたのですか?

小出
1970年ごろ仙台にある東北大学で勉強を始めたばかりのとき、東北電力が原子力発電所を建てるという計画を出した。しかし、その発電所の建設候補地は仙台ではなく女川町という三陸の港町。火力発電所はすでに仙台にあったのですが、原子力発電所は女川町。女川町の人たちは「なぜ女川町なのか」と声をあげたのです。電気というものは使うところで発電するのが一番効率がいい。送電線も引かなくていいし、消費地に発電所を建てるというのが当たり前のはずなんですね。東北電力は仙台、東京電力は東京湾に、火力発電所を建てている。なぜ女川なのか。疑問を感じ、その疑問に答える責任があると思ったのです。

まず、原子核工学科の教員に聞いてみましたが答えてくれない。仕方なく自分で調べ始めました。当時、米国で「憂慮する科学者同盟」という、社会的責任を感じて行動する科学者集団が芽生え、原子力発電についても発信し始めていた。情報を自分で仕入れ勉強してたどり着いた結論は、要するに危険だから。電気は欲しいが、危険は受けたくない。だから過疎地に押しつけようとしていると気づき、その時点で原子力を止めさせたいと思いました。仮に事故を起こせば大変なことになることも知り、180度意見を変えました。東北電力は仙台には建てられないとわかっていた。東京電力も都会に建てられないとわかっていた。福島第1、福島第2、柏崎刈羽、これらの原子力発電所は、東北電力の給電範囲。東北電力の給電範囲に原子力発電所を立てて長い送電線を引いて、東京に電力を送るということをやってきたわけです。

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原子力発電も火力発電も蒸気機関
熱エネルギーを得て、水を沸かし蒸気の力でタービンを回転して発電する点では、原子力発電と火力発電は同じです。違いは火力発電のボイラーが化石燃料を使用するのに対し、原子力発電ではボイラーを原子炉に置きかえウランを燃料としていることです。
参照:電気事業連合会http://www.fepc.or.jp/
実は電気は足りている

―実際、電力は足りていないのですか?

小出
十分足りています。原子力を止めると電気が足りないといわれていましたよね。左図は2010年度、福島の事故が起きる前年のデータです。現在、水力、火力、自家発電は同じぐらいあります。電力会社の電気が高いので自家発電所を作る企業が増えてきているのです。このグラフは各発電所が一年間フル出力でずっと運転した場合の「能力」を表しています。定期検査、トラブル、または計画的に停止しているので、能力一杯で発電しているわけではありません。実際に発電した量が水色の部分です。原子力推進派は「全体のうち原子力発電が3割です」と言っている。確かにそうですが、水力発電は持てる能力の19%しか動かしていない。水力発電は、ダムや流下式など昔からの発電所だが、現在、揚水発電所が一番多い。揚水発電が多い理由も原子力発電と関係があります。原子力発電所は一度動かし始めると出力調整ができない。100%出力で運転することしかできないのです。止めるのも大変で、出力を上げたり下げたり調整することも難しい。ゆっくり出力を上げていって100%になったらそのままの出力。止めるとなると、またゆっくり出力を下げていく。

―全力疾走している感じなんですね?

小出
そうです。走り始めたら、全力疾走するしかない。でも、消費(使用)する方は、昼間はたくさん使うし夜には減りますよね。夏場はエアコンをがんがん使うなどムラがある。そのため冬場の夜中などは、原子力発電所の電気が余ってしまうのです。電気は貯めておけないので、なんとか使わないといけない。そこで揚水発電所です。山の上と下に池を作り、下の池から上の池へと水をポンプでくみ上げるために、その余った電気を使うのです。そして、電気が足りなくなったら上の池から下の池へと水を落として、その発電で電気を補う。そのサイクルを一度回すと3割も電気を損する効率が悪い発電なので、電力会社としてはなるべく使いたくない。そのため水力発電所全体では19%しか動かしていないわけです。さらに、自家発電所も5割しか動いていないので、余裕なのです。

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原子力発電所を稼働させるために水力発電や火力発電を止めている?

―しかも、使用量は減少傾向にある。

小出
そうなんです。下図の最大需要電力量の推移を見ると、水力発電と火力発電で足りていることがわかりますよね。足りないとしても、半分しか稼働していない火力発電所を動かせばいいのです。最大需要電力量は、真夏の数時間が基準になっているわけで、仮に各自で節電するならば充分乗り越えられる範囲。さらに電力の使用量が減っている。つまり、余ってしまっているんですよ。

―わが家は炊飯器、電子レンジ、食洗機を捨て、電気代が5人家族で5千円ほどになりました。節電する人が増えてきているとも考えられそうですね?

小出
そうなんですよ。2008年に激減しているのはリーマン・ショック。経済活動が収縮してしまったためにガタッと減ってしまったわけです。その後、少し反発しましたが、みなさんの省エネ意識がどんどん進んできて、一時期から比べると随分減ってきているのです。

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処分ができないゴミを生み出し続けている

―気になるのが核のゴミの処分。核のゴミは、宇宙に捨てることは困難ですか?

小出
そういう案が、もちろんあったんです。ロケットに乗せて宇宙に捨てる。ただ、打ち上げ失敗することもあるので、バラバラになって地球に降ってきたら取り返しがつかないことになりますよね。ほかにも海の底に埋める、南極で氷の上に置いておく(※)などいろいろ考えられました。でも地球は原子力を進めた国だけのものではないので国際条約で禁じられている。結局、地層処分しかないと。深さ300mのところに埋めるという話があります。埋め棄てにした核のゴミの毒性が無視できるまでには100万年かかるといわれています。例えば六甲山は標高900mですが100万年前は海の底でした。つまり、900mの深さに埋めても100万年経ったら地表に出てくるわけですから、さほど深いとはいえませんよね。
※発熱しているため自分の熱で勝手に地下に潜っていく

日本は世界一の地震国ですし、地震の震源地は深さ数キロから数十キロという場所。バリバリと岩盤を割りながら地表まで断層が現れるわけですしね。

―要らないものを作ってしまった……

小出
そうです。作ったゴミの量が大変なものなんです。原子力はたくさん発電して貢献してきたといわれていますが、その分、たくさんのウランを燃やした。それだけ核のゴミを作ったということです。2010年の時点で累積された核分裂生成物は、広島の原爆の約百二十万倍。これを無毒化できないから埋め捨てにすると。原子力に関わる者は「いつか科学が追いついてなんとかしてくれる」と思っていた。人類が原子炉を動かし始めたのは1942年。そのときから無毒化する研究も始まっているが、70 余年以上研究しても、無毒化できない。

―トイレがないまま排泄し続けている。

小出
そうです。「原発はトイレのないマンション」という言葉があります。

(次号に続きます)

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小出 裕章(こいで ひろあき)

1949年、東京の下町に生まれる。原子核工学者。元京都大学原子炉実験所助教授。1968年、東北大学工学部原子工学科に入学。1970年大学在学中、女川での反原発集会への参加を機に、原発をやめさせるために原子力の研究を続けることを決意。1974年、東北大学大学院工学研究科修士課程修了。専門は放射線計画、原子力安全。原子力発電の危険性について研究し続けた京都大学原子炉実験所原子力安全研究グループのひとり。2015年、定年退官を機に信州へ移住。著書に『原発のウソ』(2011年6月、扶桑社新書)、『知りたくないけれど、知っておかねばならない原発の真実』(2011年9月、幻冬舎)、『図解 原発のウソ』(2012年3月、扶桑社)、『日本のエネルギー、これからどうすればいいの?』(2012年5月、平凡社)ほか多数。

vol114-3-1.gif原発が許されない理由
小出 裕章(著)
東邦出版

vol114-3-2.gif原発と戦争を推し進める
愚かな国、日本
小出 裕章(著)
毎日新聞出版

取材を終えて

「平和利用としての原子力」。なぜそれを世間が信じたのか、小出先生に鉄腕アトムのことなど具体的に時代の雰囲気を伺うにつれ、ほんの少しだがその背景を垣間見ることができた。

別の仕事でNHK連続テレビ小説の大阪制作時に出演俳優へのインタビューに関わっている。おかげで、この数年、明治〜大正〜昭和の時代を振り返る機会に恵まれている。最近思うのは、私たちアラフィフ世代にとって「戦争」は遠い昔のことのようで、実は、間接的に強く影響を受けて育ってきたのではないかということ。戦争によって人々は、自由を奪われ、命を奪われ、極限状態に陥いる。その後の開放感、捲土重来の意気込み、そして、急激に入り込んでくる情報洪水。想像を絶するエネルギーが渦巻いていたのではないだろうか。戦後の高度成長期を支えてきた先人が、いかに価値観や思想を手探りで探し求めていたのか。想像することから、その想いに触れてみたい。

さて、大切なのは、これから私たちに何ができるか。これからのエネルギーについて、次号で教えていただく。

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編集室Roots 代表
藤嶋ひじり(ふじしま ひじり)

『らくなちゅらる通信』編集担当。編集者ときどき保育士。たまにカウンセラー。日経BP社、小学館、学研、NHK出版などの取材・執筆。インタビューは1,500人以上。元シングルマザーで三姉妹の母。歌と踊りが好き。合氣道初段。

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