くちの中ですっと溶けて、塩からさが残らない
これが「低温製法 海水塩」をはじめて口にしたときの、第一印象でした。手のひらに乗せると湿り気があり、海水に触れたあとのようなじとっとした感触が残ります。粒子が大きくごつごつとした手触りなのに、繊細でまろやかな味わいで、見た目と味の印象が大きく異なります。製法は、日本でもあるいは世界でも、同じ作り方をしているところが数えるほどしかない、海水を直接釜に入れて湯煎で結晶化させるという独特の製法です。天日でもなく、直火で煮詰めるわけでもない。そう聞いてもピンとこないまま、とにかくその美味しさにご紹介を続けていましたが、念願かなって2014年秋、底引き網漁が解禁された時期に工場をご訪問しました。
高速道路網が整った今でこそ一日あれば悠々と往復できる場所になりましたが、以前は一泊旅行で行くような場所だったと聞きました。高速道路を下りてからさらに山を越え、海岸沿いへ一路。周辺には民家も少なく、窓を開けるとエンジン音を打ち消すように波の打ち寄せる音と清涼な空気が押し寄せます。海に囲まれた山裾の限られた陸地に、道と民家、田畑が並ぶ日本独特の半島の風景の中、海岸線に沿って走る道を辿っていくと、能登半島の先端、底まで透けて見える透明度の高い海に面して、「低温製法 海水塩」の工場がぽつんと立っていました。他の製塩所のように塩田があるわけでもなく、目印になる看板もないため、景色に誘われて運転しているとそのまま通過してしまいそうです。車を止めると早速、工場長の馬鉢さんが迎えてくださいました。
ご挨拶もそこそこに、製塩の手順に沿って見学会が始まりました。
まずは塩の原料になる『海水』の取り込みからです。案内されたのは、工場の真裏にある海岸。工場は海岸沿いぎりぎりに立っており、ごつごつとした岩が並んだ浜が間近に迫っています。浜といっても、海水浴場のように広がった浜ではなく、狭く、岩がごろごろと転がった浜です。訪問当日は驚くような晴天で、海も穏やかだったこともあり、水底に転がる石の一つ一つ、ゆらゆらと動く海藻類の動きまで、完全に見て取れる、透明度の高い海が広がっていました。視線を上げると、水平線が緑色に広がっています。
取水場所はそこから電気式のポンプをつかって、直接ホースでくみ上げます。あそこにホースが見えますが、あそこからもう少し、10m位沖にでたところまでホースが伸びています。ここが奥のポンプにつながる取水口で、このホースをそのまま海に入れて海水をくみ上げています。
そういって指で示されたのは、到底人の力では持ち上がらないだろうと思えるような大きな岩でした。
「海から水を取っています」と聞いてはいましたが、見せて頂いたのは、まさか、まさかの風景でした。海の中に差し込まれたホースから直接、ポンプを使って工場内にある貯水タンクへ水を汲み上げています。もちろん海藻や異物はフィルターで除去されますが、浸透膜のようなもので濃縮することはありません。15トンのタンクに貯えられた海水は、海の水そのままです。
民家がほとんどない・・・というか、排水がないので水はすごくきれいです。このあたりは、(地形的にも)若干突き出ているので、透明度がすごく高いです。能登半島のこのあたりは、許可なく勝手に人が海に入ったり、貝や岩をもって出たりはできません。確か国立公園に指定されていたのかな。私も10年来ここで働いていますけれど、貝を取ったりしたことはないですよ。なかなか厳しいとこなんですよね。
汲み上げた海水をそのまま製塩槽に汲み上げても変わらないのではないかと思いましたが、工場のある海域は波が荒く、四六時中荒れるため、都度採水していたのでは作業が滞ってしまうそうです。また海が荒れると水の透明度も下がるため、透明度が高いときに採水して備蓄しておく必要があるのだと教えて頂きました。
備蓄された海水は、次に、タンクに隣接したステンレスの水槽にダイレクトに流し込まれます。蓋をあけて中を見せて頂くと、ほんわりと湯気が立ち上り、磯の香りが強くなりました。水槽の底には、白や茶色の塊が沈殿しています。ステンレスの層は2重になっており、海水の入った層は、簡単にいうと、風呂の中に手桶を浮かべたような状態になっています。海水は、この手桶の内側に溜められます。
ここで海水を温めていくんですけれど、海水は不純物の塊ですから、酸化鉄や炭酸カルシウムなどを含んでいます。炭酸カルシウムは、簡単にいうと貝の成分ですね。この茶色っぽく見えるのが、炭酸カルシウムです。こうやって沈殿しているものが、人体には有害と云われる酸化鉄成分やカルシウム系の含有物です。
海からくみ上げられた海水の濃度は、約3.5%。これを湯煎で温めながら、大体6%の濃度になるまで濃縮します。
ここ(この工程)で、大体24時間くらいかかります。風呂の水よりは温かいですけど、手を入れられる程度の温度です。これで自然蒸発させて、水蒸気で水分を抜いていきます。時間がかかります。最低で24時間、もう12時間必要な時もあります。
了解を頂いて手を差し込むと、確かにお風呂よりも少し熱いかなという程度の温度で、つけていられないほどの熱さではありませんでした。一度タンクから海水が流し込まれると、次の工程に適した濃度まで濃縮されるまで、継ぎ足されることはありません。この水槽で濃縮された海水は、汲み上げられて次は隣の二次工程、三次工程へ移されます。
工場内の製造場所は大きく二つの部屋に分かれており、一つ目が貯水タンクと一次濃縮の湯煎槽が設置されている部屋、二つ目が二次・三次(最終製品化)工程の湯煎槽が設置されている部屋です。二次・三次(最終製品化)工程の湯煎槽の中を見せて頂くと、水面は白く濁り一面に塩の花が吹いていました。これが塩化ナトリウムの結晶です。ここには一次濃縮で除去しきれなかったカルシウムなどの成分も混ざっています。蓋をあけるとゆらゆらと湯気があがりますが、室内は決して高温ではありません。大きな音もせず、静かな広い部屋の中に、ステンレスの大きな水槽が並んでいるだけです。
(ほかの塩と比べると)
低温で結晶させているので、粒が大きいです。
なるほど、透かして見ると、四角い結晶がつながっているのが肉眼でもわかります。
硫酸カルシウムや炭酸カルシウムという物質は、人体に入ると溶解しにくいんですよね。もちろん塩と一緒に余分なものは排せつはされるんですが、ただ固形物ですから人体に入ると溶けにくい。その塊がそこに置いてある白い板です。海水を濃縮する過程で、ああやって水槽の底に沈殿して固まっていますので、先に取り出します。昔のひとはこれも塩と一緒に体内にいれていたんですよ。ほかの製塩所では、これ(固まって板状になった硫酸カルシウムや炭酸カルシウム)はありません。
そういって示されたのは、第二・第三工程の部屋へ移動してからずっと気になっていた、黄色っぽい濁りのある白い板。壁に立てかけられ、高さ50cm、幅30cm、厚さは10cmくらい。拳で叩くと非常に硬く、カンカンと乾いた音がします。この板は、天然の石膏ボードだといいます。外にも白い粉の山がありましたが、それが沈殿して固まると固く重さのある板になるのだそうです。