「かすとりしょうちゅう」をご存知ですか?
粕は酒かすを指し、「粕とり焼酎」は文字どおり、
酒粕を原料にした焼酎です。
作り方は、いたってシンプル。
酒粕に残ったアルコール分や米の糖分をそのまま活用し、
再発酵して蒸留します。
昔ながらの作り方は、酒粕にもみ殻を混ぜます。
これが「正調粕取焼酎(せいちょうかすとりしょうちゅう)」。
クセの強い飲み口で、九州北部で好まれたようです。
対して、吟醸酒(ぎんじょうしゅ)が持つ果物のような香りの
「吟醸酒粕焼酎」は、酒粕に水や酵母を加えて発酵させます。
九州北部の粕とり焼酎は、酒粕に残った豊富な栄養を
田畑の肥料にしようと工夫した末に生まれたとも云われます。
酒粕を蒸留しアルコールを抜いたカスが、肥料。
粕とり焼酎は、その副産物だったのだとか。
しかしながら、酒粕を再利用しようとした人々は、
九州北部以外にも多くいたようです。
と、つらつらと書きましたが、私自身が
酒粕から焼酎ができると知ったのは、2年前のこと。
「三河のみりん造りは、かすとり焼酎が原点なんです」
「足助白たまり」の日東醸造 蜷川社長の一言に「??」。
まず、「かすとり焼酎」を知りません。
おまけに三州三河は、米焼酎で仕込むのではない
独自のみりん醸造があるのだとか。
それが「みりん」の概念を大きく変える味だと聞けば、
好奇心を刺激されない訳もなく。
2015年の12月末、一番慌ただしい折に、無理をお願いし、
碧南市の杉浦味淋さんへ足を運びました。
三河平野と濃尾平野の大穀倉地帯を従えた
三州三河と知多半島は、酒などの醸造業が盛んでした。
江戸までの海運の便も良く、江戸時代には関西に次ぐ美酒と、
「中国酒(ちゅうごくしゅ)」が爆発的な人気を得て、
中部地方の日本酒醸造業が急成長します。
海に破棄せざるを得ないほど大量に出ていた酒粕も、
ひょんなことから、活路が開けます。
半田の「粕酢(かすず)」や、三河のみりんがそれです。
江戸前の寿司には、甘みのある粕酢。
ウナギのたれには、濃口の醤油と味醂。
三河の「酒粕」と切っても切れない江戸前の味は、
江戸時代の海運と、恵まれた環境によって、
育まれていたようです。
しかし、近代に入り、日本酒醸造の衰退と共に、
酒粕の入手が困難になります。
酒粕のもとは、米。
粕とり焼酎も、言い換えれば「米焼酎」だと、
独自に米焼酎を蒸留し、味醂を仕込み始めたのが
三州三河みりんの代名詞「角谷文治郎商店」。
対して、三河みりんの原点「粕とり焼酎」へ
回帰したのが、「杉浦味淋」です。
安価なみりん風調味料に押され、本みりんが縮小する中、
祖父が残したレシピを元に、活路を模索した杉浦さん。
三河みりんの歴史を紐解くように、錯誤を重ね、
復刻されたみりんは、もちろん「粕とり焼酎」を
使った三河の原点といえるみりんでした。
それだけではありません。
味醂醸造の大先輩たちが「それはダメだ」と、
頑として取り合わなかったもろみの長期熟成が、
みりんとは思えない濃い味わいを醸します。
1年ものと3年ものをそれぞれ試飲させて頂くと、
味が全く違います。
使いやすそうな軽い風味の1年物に対して、
3年物はまるで、バーボンのようなまろ味。
甘みも、黒糖やダークのメープルシロップのような、
カラメルのような、コク深い複雑さです。
みりんは調味料ですが、お酒です。
日本独自のリキュール、といってもいいでしょう。
料理の名脇役と云われるみりん。
みりんの使い方ひとつで、料理が大きく変わるのに、
あくまでも「脇役」だといわれ、「飲む」楽しみは、
何処かに忘れ去られています。
杉浦味淋はスイーツに最適のみりんと聞きましたが、
オレンジの皮を入れた薬膳酒にも、カクテルにも、
立派に耐える味わいです。
杉浦さんの本みりんは、今まで考えもしなかった
「みりん」醸造の奥の深さを教えてくれました。
また同時に、昔の有機的なものづくりを、
考えるきっかけを与えてくれました。
酒糟を肥料に再利用しようと、蒸留した結果、
得られた かすとり焼酎。
三河みりんや粕酢も、大量にできた酒粕を、
再利用することから生まれました。
再利用を重ね、最後は自然に還り、また実りに
繋げるのが、日本の食品やものづくりの
根底に流れる、自然への敬意なのだと思います。
プレマシャンティもまた、自然への敬意と感謝、
作り手への敬意と感謝を、忘れることなく、
また新たな一年を次へ繋いで参ります。