昭和54年秋に結婚してオーサワジャパンに入社した頃の食生活は、動物性食品や砂糖を一切食べない厳格なマクロビオティック食で、当時のオーサワや日本CI協会のスタッフもマクロビオティックを勉強、実践されている方ばかりでした。
お昼の賄いは、桜沢如一先生や里真先生に鍛えられた吉成千江子先生の陽性な純正菜食料理です。
そのため、たまに会社で飲みに行くことがあっても、植物性のツマミばかり注文していました。
ところが、入社して初めての社員旅行で伊豆の下田に行った時、宿で開かれた夜の宴会に下田在住でマクロビオティックの大先輩の小川茂年さんが立派な刺身の船盛を持って来られ、オーサワの社員と一緒に美味しそうに食べているのを見て、動物性も食べるんだと衝撃を受けました。
また、入社一年後から商品開発や仕入れの担当になりましたが、昭和55年11月に先輩二人と初めて東北に生産者開拓の出張に行った時、青森県八戸市の民宿に泊まり、新鮮な魚介類を肴に先輩達とお酒を飲んだことも衝撃的な出来事でした。
その時は、みんないい加減なマクロビオティックだなぁという印象でしたが、マクロビオティックの提唱者の桜沢如一先生が菜食主義だったわけではなく、正食医学の第一人者だった大森英桜先生も、「お酒を飲むんだったら新鮮な刺身ぐらい食べたほうがいい」みたいなことをおっしゃられていました。
病気を治すには動物性食品や甘いものは一切摂らないほうが治りは早いですが、健康な方が健康を維持するだけだったら菜食にする必要はないと考え方を緩めました。
後年、オーサワの株主総会を桜沢里真先生のお住まいの近くの割烹料理店で何度も開催しましたが、里真先生や実妹の田中波留子オーサワジャパン社長は刺身や焼き魚、メロンなどをそれはそれは美味しそうに召し上がられ、完食されていたのでした。
このお店は桜沢如一先生と里真先生がよく使われていたお店で、桜沢先生も魚は好きだったようです。
里真先生は90代後半まで、田中社長は80代後半まで株主総会に出席されていたと記憶しています。
ふだんは粗食で少食なお二方ですが、時々ご馳走料理も楽しまれていました。
田中社長から「何でも食べられる健康な身体にならなきゃダメよ!」と何度も叱られたことが昨日のことのようです。