昭和53年2月に日本CI協会で東京芸術大学教授の三木成夫先生(医学博士、解剖学者)」の講演会が開かれました。
まったく聞いたことのない先生だったので参加しなかったのですが、とても評判がよかったようで、参加できなかった方から
「花井君、三木先生を『ほびっと村』に呼んでよ~」
としつこく頼まれ、仕方なくCIで連絡先を聞いて芸大に電話したところ、先生から一度芸大に来るように言われ、
「君、どんな格好してる?」
と聞かれたので、
「腰まで髪を伸ばしています」
と答えると、嬉しそうに
「それだったら大丈夫!芸大生と間違えられるから守衛につかまらないよ」
と言われ、先生の研究室に伺うことになりました。
数日後、上野動物園に隣接する芸大の校門を難なく通過して先生の研究室に伺うと、机の上に一ヶ月と二ヶ月と三ヶ月の胎児のホルマリン漬けが置かれていました。
映画「2001年宇宙の旅」で胎児の映像は見たことがありますが、本物を見るのは初めて。
一ヶ月は1cm、二ヶ月は3cm、三ヶ月は10cmぐらいで、一ヶ月でも人体のような姿をしていて驚きでした。
先生に「ほびっと村」の説明をして講演を依頼すると、
「高座に上がる落語家のように、一度でいいから一杯ひっかけて講義してみたいんだけど、いいか?」
と聞かれ、OKと答えると、喜んでお引き受けいただけました。
「昼飯に行こう」
とお誘いいただき、ついて行くと老舗風の鰻屋さん。
当時バリバリのマクロビオティックで玄米菜食だったのですが、お断りするわけにもいかず、渋々いただくことにしました。(本当は美味しかった 笑)
後日、ほびっと村での講演の日、先生はお約束通り真っ赤な顏をして登場し、終始ニコニコ楽しそうにお話されました。
花井が司会をして、隣に臨月間近の妊婦さんが参加されていたのも嬉しかったようです。
その後、芸大生になりすまして何度も先生の授業を受けさせていただきました。
実は、翌54年に結婚して55年に長男、56年に次男、58年に長女を自然分娩で家で取り上げることになったきっかけの一つが三木先生との出会いでした。
先生の奥様は桜沢里真先生の料理教室でマクロビオティック料理を習い、三木先生も玄米食をされていたということは後になって知りました。
昭和54年にオーサワジャパンに入社後、会社に電話をかけてこられ、
「花井君、カムカム鍋をどこどこに送ってくれよ」
と、オーサワが開発した圧力鍋に入れる陶器製の内鍋「カムカム鍋」を何度もご注文いただきました。
「カムカム鍋」とセットで玄米食をお知り合いにも勧められていたようです。