現在の医学や歯科医学、いわゆる西洋医学の科学的な基準はEBM(Evidencedbased medicine)といって「根拠に基づく医療」と訳されるもので、1990年代初頭に提唱され、統計的に実証されたデータを根拠として治療を行うアプローチが主に行われています。例えば精神分裂病に対しては、精神分析よりも薬物療法の有効性が実証されているというように。しかしEBMは、普遍性を重視するあまりに患者さんの固有性を軽視してしまう危険を伴うのです。またこれと反対にNBM(Narativebased medicine)は、「物語と対話に基づく医療」と訳されるもので、1990年代後半、医療・医学において提唱された概念で、新たなパラダイム・シフトをもたらすものと考えられています。NBMは、社会構成主義的な観点を取り入れたもので、患者さんを理解するために、客観的事実だけでなく、その方それぞれの病が起こった背景を含めた(物語として語られる主観的世界をも含めた)全体性を重視するアプローチです。どちらかというとNBMは代替療法や東洋医学で多く使われています。
私は幼い頃、喘息もちでした。夜中に激しい発作に襲われ、それはとにかく苦しくて苦しくて、こんなに苦しいなら死んだ方が楽だろうと考えたこともありました。大人になってからは全く発作に襲われることもなく、半ば安心していたら、数年前、突然に大きな発作に襲われたことがありました。二日程自宅で療養し仕事も休むはめになりやむをえず何とか大きい病院で診てもらうことにしましたが、そこでの最初の治療はなんと肺活量を測ることでした。気管が狭まり息を吸うのもやっとの苦しんでいる患者にまず肺活量を測れと言う、状況や状態を察知する能力の無さ……。検査の工程上必要だったのかもしれませんし、結果的には点滴等で症状は緩和されましたが、何とも残念に思う経験でした。
私は顎関節症の方と多く接していますが、問診では多種多様な表現をされる方が多くいらっしゃいます。他人にはなかなか理解されにくい、そのような表現をEBM主体の先生に診てもらうと、ほとんどの先生はこの患者さんは頭もおかしいという感覚をおぼえてしまい、心療内科や精神科への紹介状をもたされる場合が少なくないかもしれません。患者さんは自分自身のことを何から何まで解って欲しいもので、そしてもちろん医師もあらゆる角度から患者さんの症状や悩みを理解したいと考えています。そのためには、背景{物語}と対話に基づく医療NBMが必要なのです。科学的には統計上のEBMが必要ですが、その統計をとってみようと最初に思うにはNBMが必要なのです。また、NBMをすすめていきますと個人の特徴や性質性格等をも考慮した個別化医療がすすみ、さらには、その方にあったオーダーメイド医療というものが行われるのです。同じ症状であっても個人個人の性格や環境が違うので、処方はそれぞれ違い、言葉遣いや言い回しも気を遣わなければいけないと、いつも反省させられています。しかし私はどんな統計的データが無くても、いつもナラティブな個別化のオーダーメイドをする歯科医師でありたいと、自らの経験を通して思っています。何故なら病気を治すのではなくその人が治る手助けをしたいと思うからで、今こそ統合医療の必要性を感じます。
田中 利尚
田中 利尚氏 歯科医師.整体師 日本抗加齢医学界専門医 国際統合医学界認定医 「咬合(かみあわせ)を制する者は歯科をも制す」という、歯科医学の見落とされている最も大切な力学的調和という根本理論に触れ、かみあわせを追求。しかし身体が変位していると良いかみ合わせを構築できないところに西洋医学の限界を感じ統合医療を目指し東洋医学(整体)を勉強。 顎が痛い、お口が開かない、首肩の凝り、腰痛、うつ病までを含む顎関節症の治療にも取り組んでいる。 「健康は歯から」を確信している。 |