プレマシャンティ開発チームの花井です。
その1、その2で書いたことと一部ダブりますが、たまたまこの原稿提出日の9月18日のFacebookの「過去のこの日」に、還暦を迎えた2015年9月18日の投稿が出てきましたので、これを「その3」にします。
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還暦を迎えたということは成人してから40年経ったということ。
記憶をたどってみると、ハタチの時(昭和50~51年)にいろいろな出会いがあり、いま、ここにいることがわかる。
【マクロビオティック】
昭和50年、日本CI協会がまだ中野ブロードウェイにあった頃に何度か行ったことはあるが、会員になって本格的に勉強を始めたのは昭和51年4月にCIが東北沢に移転してから。
ほぼ丸2年、桜沢里真先生から正食料理を、大森英櫻先生から正食医学を学んだ。
【ヨガ】
昭和50年、今上武蘭人氏が青学の裏の国道246号線沿いで開いていたマクロビオティック・ロック喫茶「地球の子供たち」で、タージ・マハル旅行団の永井清治氏のヨガ教室に参加。
時々、同郷(豊橋の隣の国府)の櫻本芳一師も来られて教えていただいた。
昭和51年、「地球の子供たち」閉店に伴い、仲間とどこかで続けたいね~ということで、できたばかりの西荻窪「ほびっと村」が借りられることになり、毎週日曜の朝10時から同好会みたいなヨガ教室を始める。
ヨガが終わると北口の「たべものや」で食事をしながら参加者と交流。
【ヤマギシ会】
『日光特講50925』昭和50年9月25日に日光会場で一週間の特講(特別講習研鑽会)を受ける。
翌51年3月、三重県春日山で二週間の研鑽学校を受ける。
8月、三重県阿山郡の幸福学園「子ども楽園村」を見学がてら新島淳良氏を訪ねる。
52年8月、三重県春日山で二週間?開催された「子ども楽園村」のスタッフとなる。
その後、新島氏がヤマギシ会を脱会して提唱した「緑のふるさと運動」に関わる。東大在学中の現在宗教学者の島田裕巳氏もいた。
【ほびっと村】
前述のとおり、昭和51年にヨガ教室が縁で出入りするようになり、各分野の専門家を招いて勉強する「金曜講座」のお手伝いもさせていただく。
マクロビオティックの桜沢里真先生、大森英櫻先生、佐々井譲先生、阿部一理先生、東京芸大の解剖学者・発生学者の三木成夫先生をお招きした。
大森先生には3回来ていただき、3回とも徹夜になった。
・・・と書き出したらキリがありませんが、出会いは全部ハタチでした。
