Mobile school Yabucogi代表、谷平亘さんの物語をお届けします。平日にはフリースクールでカフェもされており、伺ったことがきっかけで活動を知り、インタビューをさせていただきました。本心に従ったからこそ道が開かれ、導かれたようなドラマティックな話をぜひお読みください。
——人生の転機を教えてください。
大きいものは2回あります。まず、青年海外協力隊に行ったこと、もうひとつは教師生活のなかで、これだけで人生を終わらせて良いのかと考え始めた時期と、教師としての自分の力がまったく通用しなくなった時期が重なり、それを乗り越えたときです。
——青年海外協力隊に入った経緯を聞かせてください。
大学4回生のとき、ハンドボールをずっと続けていた経験からスポーツに関する仕事がしたいと、ダイビングインストラクターでの就職を決めました。入社前に合宿形式の研修が1週間程あり、営業や顧客獲得の考え方を学んでいくなか、先輩社員からの「新人でまだ力がないなら最初は友人や親戚に販売するしかない」という言葉に大きな違和感を感じ、自問自答の末、入社式の当日に入社を辞退しました。友人のほとんどが社会人になった日に、自分は晴れて無職になった。自分は何者でもなくなったと感じたことを覚えています。その帰り道、「これからどうしよう」とインターネットカフェに立ち寄り、好きなハンドボールでなにかできないかと検索していると、青年海外協力隊としてバングラデシュでのハンドボールコーチの仕事を見つけたのです! 「これは神様が行けと言っている」そう直感し、すぐに応募、そして合格することができました。英語の勉強と準備をおこない数ヵ月後に語学訓練、そしてバングラデシュへ。入社を辞退し、スタートラインが人よりずれた。どうせ遠回りするのだから、自分にしかできない経験をしておきたいと迷いはありませんでした。
——入社当日の辞退! 迷いはなかったですか。
まったくなかったです。研修最終日に友人と飲みに行き、隣りに座った二人組のサラリーマンに「僕は明日入社式だがこういう思いで辞めようと思っている」と相談したんです。そしたら「それは辞めたほうがいいぞ!」と言ってくれて(笑)名前も知らないサラリーマンが自分の思いに確信をくれ、帰り道に辞めると決心しました。入社式の朝は「辞めると言いに行ってくる」とスーツを着て家を出ました。
——すごい流れですね。バングラデシュでの経験はいかがでしたか。
ダイナミックな日々は送っていなかったかもしれません。すぐに人生に影響を与えたわけではなく、後になって彼らのたくましさを思い出すことがあります。恵まれない環境でも楽しそうに生きている姿が意識に刻まれていて、自分が不安なときにも、彼らの日々の困難に比べたらたいしたことない。やりたいことができる環境にいるのだからやりたいことをやった方がいいと思わせてくれます。
——そこからどのように教師の道へ進んだのですか。
協力隊の後、国際協力関係の仕事も視野に入れ、アメリカに語学留学をしました。大学が併設していて留学中の学生から悩みを聞くことも多く、「亘さんのような人が教師になればいいのに」と言ってくれたんです。そんな性格ではないけどと思いながらも、京都市の教員試験を調べると、国際協力経験者は一次試験では独自の採用基準を設けていることがわかりました。それも重なって、教師になれるかもしれない、挑戦する価値があるかもしれないと教師の道に進むことを決めました。(次号へ続く)

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