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それぞれの転機

さまざまな方にインタビューし、その人生の物語を届けます。実体験が誰かの勇気になりますように

キャリアコンサルタント

小山 真裕子 (こやま まゆこ)

自身の転職経験から国家資格キャリアコンサルタントを取得し、就職や転職の支援をおこなっている。「答えは自分のなかにある」ことに気づき、本心に従って生きていくことを一緒に追求していきたいと活動中。インスタグラム:@mayuko33perfection

専業主婦から一転、新しい生き方(前編)

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今号は、大阪府高槻市にある「わんぱくサンドウィッチストア」のオーナー・みほさんの物語です。朝3時半に店に入り、職人技のように綺麗に具材が重ねられたサンドウィッチを作る生活、そこに至るまでに、どんな道のりがあったのでしょうか。

——人生の転機を聞かせてください。

40代後半で経験した「離婚」です。

私は自営業の父と専業主婦の母のもと、「夫を支えて家庭を円満にするのが女性の仕事」という価値観のなかで育ちました。就職やアルバイトの経験もないまま、両家の親が望み引き合わす形で結婚をし、親たちも大喜びしてくれました。

結婚後は「理想の嫁」になれるよう必死に努め、多忙な夫を支える専業主婦として家庭を守ってきました。しかし、夫の期待に応えきれない部分もあり、衝突することもありました。それでも二人で話し合い「これから一緒にやっていこう」と結論を出し、自分ではうまくいっていると思っていた矢先、離婚の意思を告げられました。まさに青天の霹靂でした。

私は幼いころから、「周りの期待に応えたい」「親に心配をかけたくない」という気持ちが強い子どもでした。結婚後に悩みが生じても両親に相談することはありませんでした。また、そのころには父も他界しており、実家に頼れる状況でもなかったのです。

年齢的にも先が限られていて、就職にも不安がありました。もうなにをしたらいいのかわからなかったけれど、「やりたいことを、今やろう」という思いが強くなり、漠然とやりたかったサンドウィッチ屋を開く決意をしたのです。もともと料理が好きで、特にサンドウィッチは周囲から「おいしい」と喜ばれていました。具材の組み合わせを考えるのも好きで、これしかないという確信がありました。

——そこからどのように道を切り開いていかれたのでしょうか?

離婚することになってもしばらくは同居していました。父が亡くなった後に実家から引き取ったシェパードの太郎が高齢で、最後まで面倒を見るため私がお願いしました。その間にお店の資金を貯めるため、初めてパートに出ました。今から思えば笑えますが一大決心でした。飲食業界に行くべきだと思いましたが、早くお金を貯めたくて時給も良く一番に目についたクリーニング屋で働きました。勤務が午前と午後の交代制だったので、家事やメニュー開発のために時間を有効に使えると考えました。一年間ほど勤め、次はより自由に働く時間を選べる家事代行サービスをしました。料理が得意だと伝えると料理担当になり、いろんな方のご自宅に伺って、そこにある食材で料理を作るのはとても楽しかったです。

——お店を始めるという夢に対して、周囲の反応はいかがでしたか?

お店をやりたいと最初に知人に話したときには、「そんなに甘くない」と言われました。自分のなかでも一番不安だったのは飲食店での経験がないこと。特にパン屋さんは皆さん修行をしてこられていて職人気質の方が多い世界です。周囲からは認められていないと感じることもありました。そんななか、地域のプロデュースで成功されている方との出会いが不安を拭ってくれました。サンドウィッチ屋をやりたいと自分のインスタグラムを見せたとき、素敵ですねと言ってくださったのが本当に嬉しくて。その方は「すべてはセンスだ」という考え方で、世界観とコンセプトがあれば大丈夫だと、背中を押してくれました。そこからのご縁で今のお店にも関わっていただきました。闘病中の父に作っていたお弁当ブログが始まりでインスタグラムをやっていたことが、貴重なP‌Rツールとなりました。〈次号へつづく〉

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わんぱくサンドウィッチストア

サンドウィッチ販売の他、委託販売、間借り営業、POP UP、マルシェなども開催
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