やめようと思ってもやめられないこと、ありますよね。だけど「やめなくてもいいよ」と言われると、もやもやします。無理してやめても反動がくるので、無理はしないでおきたいところです。
なにかを「してはいけない」と決めるより、「してもいいけど、ただし……」と条件付きで認める、「ゆるす場」をつくることで上手くいくかもしれません。
意志の力を過信しない
たとえば、お茶を買おうと寄ったコンビニで、チョコも一緒に買ってしまった、なんてことはないでしょうか。商品パッケージは、いわば広告宣伝のプロが時間とお金をかけてつくりあげたものなので「つい」手に取ってしまうのは仕方のないことかもしれません。自分の意志の力で打ち勝とうと思っても、なかなか難しいとあきらめるほうが自分を責めずにいられます。
視界に入らないようにしたらどうでしょう。お茶を買いに行ったら、お菓子コーナーの前は通らない。視界に入らなければ、惑わされることも減りそうです。お店を出たとき、お茶だけを買えた自分を褒める。そうやって「やればできる」経験を積み重ね、できなかった自分を責めることを減らしていく。意志の強い人というのは、自分の意志の力が弱いことを知っている人。ただ抑えつけるのではないのです。
ときどき自分へのご褒美として、デパ地下や高級店でスイーツを買うのはどうでしょう。高級店を「ゆるす場」にする。スーパーやコンビニでは手に入らないものを味わっていただく。大量に買えないでしょうし、甘いものをやめられなくても、減らすことはできそうです。
最近注目されている「デジタルデトックス」。スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器から意識的に距離を置こうとする考え方。スマホを見始めたらやめられなくなるのも、先ほどのお菓子と同様、プロ集団がつくりあげたものに意志の力ではかなわないとあきらめる。そして、「ゆるす場」を決めてみると良いでしょう。
人と話している最中までスマホを手にする理由に「通知音」があります。メッセージが届いた通知音が鳴れば気になるので、オフに設定して通知音に振り回されないようにする。自分がスマホを使っているうちに、スマホに自分が使われてしまっていないか、考えたいところです。
本を読む、資格の勉強をする、趣味に没頭するなどの時間には、スマホはリビングルームに置いておく。合間の休憩時間にはリビングで見ていいことにすれば、ある程度の時間が経てば気持ちを切り替え、スムーズに元の作業に戻れそうです。なにかをする時間には手元から離して、場所を変える。手元に置いて「30分だけ」で、本当に30分でやめられるほど、意志の力を過信しない。自分を嘆くよりもできることがあるのです。
ここにいる尊さ
禅の言葉に「独坐大雄峰」とあります。大自然のなか一人で座っていること。昔、ある修行僧が「この世の中で最も素晴らしいことはなにですか」と問うたところ、禅僧は「独坐大雄峰(この山に坐っていることだ)」と答えたとか。自分がいま、ここでこうして生きていることがなによりも尊いという意味です。
「この世で最も素晴らしいことはなにか」と問われたら、なんと答えるでしょうか。お金や名誉など自分の外に目を向けてしまうかもしれません。しかし、この身体がここにある、それだけで素晴らしいのになぜ外に目を向けるのか、自分が生きていることの尊さに気づきなさいという教えです。
ここにいる自分という意識でもって、流されないようにする。迷ったときには、どっちが得か、どっちが楽しいかよりも、「どっちを選ぶ自分のほうが好きか」で決めるようにして、自分を大切に生きたいですね。
