( 前回からの続き )
「ちょ、ちょっと、それが何か今の私の問題と関係ある ?」キョジャックさんが顔を赤くしながらあわてて言うのもかまわずマスターは続けた。
「最近までゴルフの練習に励んでおりました。といっても毎朝庭で素振りを繰り返し、ボールをネットに20球ばかり打ち込むだけのつまらん練習です。ゴルフコースに出たのは1回きり…。」「だからそれはお話の筋とは関係ないって。」眉間にしわを寄せるキョジャックさん。美人の前ではやはりいい格好をしたいようだ。
「しかし生来の虚弱体質、そのせいで肩を痛めてしまったのです。注射や鎮痛剤で何とか痛みは取れたものの、いまも肩が上がらずリハビリ中です。しかし…様々なくすりの使い過ぎで、返って筋肉が硬くなりリハビリの間は少しは筋肉が伸びるのだが、一晩寝て朝になるとまた固まって肩が上がらない状態になってしまうというのです。」
気がつくと大きなスクリーンがするすると奥の壁から降りてきて、映像が流れ出した。よく見るとそれは100インチはあろうかという薄型の液晶テレビのようだ。ボロイ外見とは違って、建物の中はハイテク装備になっている。 画面に川の映像が流れ出した。それは何処かヨーロッパの川のようで川岸には石造りの古城が見える。キョジャックさんはカウンターからじっと流れる川の映像を見ていた。
この川の映像を見るのも大事な引き寄せの儀式なのだと女はすぐに理解した。どれくらいの時間がったのだろうか。30分、いや10分ぐらいかもしれない。不思議なことに川には時間の感覚を忘れさせる効果があるようだ。
いきなりドアを開ける音で、3人ははじかれたように我に返った。「あら、あら、ごめんなさい、引き寄せの最中だったのね、ほほほ。」みんなからツルさんと呼ばれる元宝塚出身の舞台女優は屈託なく笑うとカウンターに腰かけた。
ツルさんの舞台名は「花風麗香」なのだが、今では本名の池田つる子のツルさんがニックネームなっている。実年齢は60歳を超えているのだが、日が落ちれば40歳くらいにしか見えないと勝手に信じ込んでいるので、昼間はできる限り外出しないようにしている。現在は石鹸を輸入する会社の社長で、陰では在庫大尽と呼ばれていた。新しいもの好きで、すぐに新製品に手を出すのだが、全くといっていいほどビジネスのセンスがなく、商品を仕入れるばかりで在庫が倉庫にあふれているからだ。時々しょうがなく、無償で老人施設などに石鹸を寄付しているので、NPO法人代表とも呼ばれている。別れた亭主から慰謝料代わりにもらった賃貸ビルの家賃で暮らしている。
「ああ、もうええよ。終わったから。」マスターがそう言うとすぐに、「ええっ、ほんとに ? で、何がいいのよ。」キョジャックさんがきょとんとした顔で聞いた。 「そうか…あんたに来なかったのなら、答えは…。」「ツルさんが持っている。」自信たっぷりにマスターが元宝塚を見た。
「えっ、肩が悪いって ? ん、じゃあ、これのことかしらね。」ツルさんは首をかしげながらハンドバックから黄色いチューブを取り出した。「これはね、『レスキュークリーム』といって花のエネルギーが入ったクリームよ。とても不思議なクリームなのよ。芸能人にもファンが多いんだから。」
「花のエネルギー ? 意味分かんないけど、ともかく早くそれちょうだい !」ひったくるようにクリームを取り上げると、キョジャックさんは家に帰るまで待てないのか、シャツのボタンをはずすと人目もはばからずそれを肩に塗りだした。
「花のエネルギーなんかがほんとに良いわけ ? 」急に疑り深そうな目を向けると、「とにかく黙って使ってみなさいよ、ぐずぐず言わないでさぁ、へっぽこ探偵が ! 」ツルさんは少々気が短く、口も悪い。ここでは誰も頭があがらない。ぴしゃりとたしなめられると、「ふぁ~い。」と情けない返事を残してキョジャックさんは店から姿を消した。
「答えはいつも目の前にある !」カウンターの中ではマスターが、自慢のサンタ髭をなでながらいつもの決まり文句を満足げに言うと、「はいはい、時々とんでもなく見当違いのところにもあるけどね。ほほほ。」ツルさんはいたずらぽい笑いを目元に含ませた。
ともかく、こんな感じで苦手喫茶の「引き寄せ相談」は始まるのだった。
矢吹 三千男
矢吹 三千男氏 生来の虚弱体質で16歳の時に十二指腸潰瘍を患い、ヨガと占いにはまる。二十歳の時には身長が175センチで体重は50キロ。いつも複数の薬を持ち歩く。様々な健康法を実践するもほとんど効果なく、ようやく食養生で体質改善に成功したのは30代も半ばを過ぎていた。その時、生まれて初めて「健康」を実感する。製薬会社勤務などを経て、その後バッチフラワーに出会い、現在(株)プルナマインターナショナル代表。 著書『感情のレッスン』文芸社刊 |
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