鏨
まだ踊りを始めて間もないころ、私は、大学の同級生であった友人と、その友人の後輩と一緒に、3人で「鏨」という名のユニットを組み、イベントに出演したことがありました。
そのユニットは、私の友人がギターとボーカル、後輩の方がドラム、そして私がダンスを担当するという構成でした。
イベントで演奏された音楽は全部で4曲あり、それらはすべてその友人が作ったものでした。そして、私は、友人2人の演奏にあわせて、舞台上でダンスをしました。
当時、私の友人は、既に経験豊富なミュージシャンであり、演奏も、MCも、堂に入ったものでしたが、私のほうはまだダンスに出合ったばかりであり、人前で踊った経験はほとんどなく、まともに構成や振付について考えたこともありませんでした。ただ、私の内側には、踊りたいという強い想いが確かに存在しており、その想いが私を突き動かしていたように思います。
このイベントのときの私のダンスも、技術的には甚だ未熟であり、ただ想いばかりが表出されるものだったように思います。
それでも、2人のミュージシャンの誠実な演奏、特に、場を盛り上げる能力が抜きん出ている友人のパフォーマンスと、さらには観客の方々の澄んだエネルギーに支えられて、そのとき、無事にパフォーマンスを終えることができました。
イベント会場
ところで、このイベントの際、共演者と観客のほかにも、わたしたちのパフォーマンスを支えてくれたものがありました。それは、イベントの会場でした。
その会場は、いかにも古い木造の建物であり、中は埃っぽく、お世辞にも綺麗といえるような場ではありませんでしたが、同時に、造りが古く、過度の装飾もないその空間からは、ある種の純朴さのようなものが感じられました。
そして、イベントの際は、その純朴さと、その空間に充満する闇と熱が、当時の私の未熟な表現を受け入れ、そして、後押ししてくれたように思います。
その会場となったのは、京都大学の学生寄宿舎である吉田寮です。
私たちが出演したのは、京都大学吉田寮の食堂で開催された、「寮食ライブ」というイベントでした。
京都大学吉田寮
京都大学吉田寮は、1913年に開舎された、京都大学(開舎当時は京都帝国大学)の学生寄宿舎であり、長年にわたって、寮生たちによる自治が営まれてきました。
吉田寮は、京都大学吉田キャンパスの南側にあり、現棟と呼ばれる建物と、新棟と呼ばれる建物と、それらの間にある食堂とで構成されています。
このうち、現棟は、吉田寮開舎以来、建て替えられることなく維持されてきており、日本最古の学生寮とされています。
また、食堂は、「食堂」と名付けられてはいるものの、実際にはある時期から給食機能がなくなり、もっぱら寮自治会の会議の場や、「寮食ライブ」などの各種イベントの会場などとして、利用されてきました。
この京都大学吉田寮をめぐって、2019年、京都大学が吉田寮生らに対して明渡訴訟を提起し、昨年、和解によりその裁判が終結したことについては、報道機関などにより報じられてきましたので、ご存じの方も少なくないかもしれません。
この裁判において、私は、吉田寮生側の弁護団の一員として、訴訟活動をおこないました。
裁判に至る経緯、裁判と和解の内容などについては、また機会があれば、ご紹介したいと思います。
