最近、528Hz(ヘルツ)という周波数が注目されています。「愛の周波数」「DNAを修復する周波数」「聴くと心が癒やされる周波数」など、さまざまな説明がされています。この話を聞いたとき、多くの人は二つの反応に分かれます。一つは、「そんなものは科学的ではない」と否定する人と、もう一つは、「古代から伝わる特別な波動といわれているのだから本物だ」と信じこむ人です。
ここで少し立ち止まって考えてみましょう。まず、歴史的な事実として、528Hzという数字を古代の人々が現在と同じ意味で扱っていた、という説明には無理があります。Hzとは1秒間に何回振動するかを表す単位です。この表示が生まれたのは近代です。一方、グレゴリオ聖歌が発展した中世ヨーロッパは7〜10世紀ごろです。約1000年以上の隔たりがある事実を見ましょう。
当時の音楽家たちは、現在のようなHzという絶対的な数字ではなく、音と音の関係、つまり音程の比率を重視していました。例えば、ある音の2倍の周波数は1オクターブ上の音になります。古代ギリシャのピタゴラス以来、人類は音の美しさを数学的な比率として発見してきました。「古代人が528Hzという特別な周波数を知っていた」というのはファンタジーです。「ソルフェジオ音階」とされている数字の並びをよく見るとわかります。実はソルフェジオ音階と称されているものは、数字の各位を足し合わせると3・6・9の周期になるという、10進法の数字遊びのような繰り返しです。(1、4、7)、(2、5、8)、(3、6、9)を同じ仲間としているのです。これがHzという近代の単位の上で成立している以上、後世になって作られた体系と考えるほうが自然です。
音に意味を与えるのはなぜか?
しかし、「すべてが間違いだった」と切り捨ててしまってよいのでしょうか。私はそう思いません。なぜなら「説明が間違っていること」と「感じられた現象が存在しないこと」は別だからです。人間の歴史を見ると、私たちは何度も同じことを繰り返しています。錬金術師は物質を金に変えられると考えました。その理論は間違っていました。しかし、彼らがおこなった実験や観察は、後の化学の発展に大きく貢献しています。人類は、間違った説明をしながら、正しい解釈に近づいてきたのです。528Hzについても同じ視点が必要かもしれません。音が人間の心理や身体状態に影響を与えること自体は、音楽心理学や生理学の分野で研究されています。特定の音楽を聴くことで気分が変化する。心拍や自律神経に変化が現れる。こうした現象は珍しいものではありません。では、人間はなぜ音に意味を与えるのでしょう。それは、人間が単なる測定器ではないからです。自然界には空気の振動しかありません。そこに「美しい」「癒される」「神聖だ」という意味を与えるのは、人間です。音楽とは、単なる周波数の集合ではないことは、人間ならわかることです。これは音に限った話ではありません。数字、模様、建築の比率。人間は自然界のなかからパターンを見つけ、それに意味を与えてきました。もちろん、すべての意味づけが正しいわけではありません。
私たちは物理現象と見出した意味を個別に考えるべきなのです。だから物理現象を知るために測定が必要になります。センサーや科学技術は、人間の直感や感覚を否定するためにあるのではなく、それを確かめるためにあります。人間はまず感じる。次に意味を与える。それを測定によって検証する。科学とは、人間の「世界に意味を見つけたい」という本能ともいえる性質から生まれたものなのかもしれません。528Hzという小さな数字は、人間が世界をどのように観測しているのかを考える、大きな入口です。
