今回は、あなたの意識の根幹を揺るがす「自由意志」の科学的知見についてお話しします。
私たちの社会は、「人間には自由意志がある」という前提のうえに組み立てられています。法律を破れば罰を受けるのは「そうしないこともできたのに、あえて選んだ」という物語が社会的に共有されているからです。しかし、脳科学はこの素朴な前提に揺さぶりをかけています。
脳科学が揺るがす「自由な選択」
生理学者で医師のベンジャミン・リベットがおこなった有名な実験では、被験者が「指を動かそう」と意識するより約0・5秒も前から、脳の運動野に「準備電位」と呼ばれる電気的な立ち上がりが現れることが報告されています(Brain誌)。 行動のスタートの合図は、意識ではなく無意識の脳活動側にあるように見えるのです。
さらに神経科学の研究者チュン・シオン・スーンは、被験者がどちらのボタンを押すかという単純な選択でさえ、その結果を最大10秒前から前頭葉・頭頂葉の活動パターンから予測できることを示しました(Nature Neuroscience)。 「自分で選んだつもり」の行為は、かなり前から脳のどこかで決まっていたのではないか、そんな疑いが存在します。一方で、私たちの意識は当たり前のように「自分が主人公だ」と主張し続けます。指を動かした後で「自分がそう決めた」と考えているのです。
意識は「物語」を作り
脳は世界を「編集」する
心理学者のダニエル・ウェグナーは、わざとタイミングをずらして他人の操作を自分の操作だと勘違いさせる実験などから、私たちの「やった感じ」は、行為を本当に起こしているメカニズムとは別に、後付けで組み立てられる自己物語なのだと論じています(The Illusion of Conscious Will)。 脳は、実際の決定プロセスのごく一部しか見ていないのに、その隙間を自ら作り出した物語で埋め「私が決めた」と辻褄を合わせてしまいます。
脳内だけではありません。知覚も同じように編集されています。たとえば私たちの鼻は常に視界の端に映っていますが、普段はまったく意識されていませんよね。脳は、感覚器官から押し寄せる膨大な入力を勝手に取捨選択し「自分に都合のよい世界」を作っているのです。もし世界のすべてをありのまま意識しようとしたなら、私たちの意識は情報の洪水で即座にパンクしてしまいます。限られた情報処理資源を使って生き延びるために、脳は最初から「省略と物語化」に特化した装置として進化してきたようです。
では、その進化の過程で「わたし」と考える自由意志はいつ登場したのでしょうか。単純な神経系しか持たない生物、例えばミミズは刺激に対する反射的な応答だけで環境に適応できています。しかし、より複雑な動物になると記憶や学習に基づいて行動を変える柔軟性が求められます。進化心理学では、長期的な利益の計算、社会的な評価、衝動といった要素を調整するための「意思決定システム」が進化してきたと考えられるとしています。
ここまでの科学的知見を通して見ると、自由意志は絶対的な支配者として頭蓋骨の奥に鎮座するなにかではなく、無数の無意識プロセスの結果のうえに、後から名前をつけてまとめている便利なラベルに過ぎない、はかない存在なのかもしれません。
しかし、この自由意志という幻想は、現代社会にとってきわめて実用的な道具です。人が自分の行為を「自分で選んだ」と感じるからこそ、約束は意味を持ち、責任を問うことも、反省して生き方を変えることもできるとされています。今後、科学と我々の自由意志を前提とした社会はどう折り合いをつけていくのか、興味深いです。
