2025年6月27日、最高裁判所は、生活保護法に関する訴訟において、非常に重要な判決を言い渡しました。
この判決について、ぜひ皆さんにご紹介したいと思ったのですが、そのためには、前提となる憲法や法律の知識が必要と思われます。
そこで、今月は、生活保護法と関連する憲法上の規定や、その規定と生活保護法の関係などについてご紹介し、次回以降、最高裁判決について、ご紹介したいと思います。
自由権・参政権・社会権
憲法は、私たちの有する基本的人権を保障しています。そして、この基本的人権を大きく分けると、①自由権、②参政権、③社会権の3種類があると言われます。
これらの3種類の権利について簡単に説明すると、まず、①自由権は、国家権力の介入を排除し、個人の自由を保障する人権です。思想の自由(憲法19条)、信教の自由(憲法20条)、表現の自由(憲法21条)などがこれに該当します。
次に、②参政権は、国政に参加する権利であり、選挙権(憲法15条1項)や被選挙権(同)がこれに該当します。
そして、③社会権は、資本主義の発展に伴い、失業や貧困、労働条件の悪化などの社会的問題が発生したことをきっかけに、社会的弱者や経済的弱者などを守るために保障されるに至ったものであり、国家に対し、積極的な配慮を求める性質の人権です。具体的には、生存権(憲法25条)、教育を受ける権利(憲法26条)、勤労の権利(憲法27条)、労働基本権(憲法28条)がこれに該当します。
もっとも、①自由権と位置付けられている人権にも、国家による援助を求めるという社会権的側面があり、逆に、③社会権と位置付けられる権利にも、国家からの介入を排除するという自由権的側面もありますので、以上の類型は、相対的なものと考えなければなりません。
生存権
憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定しています。この権利が、生存権です。
この条文については、かつて中学校の公民の授業で暗唱するよう指導を受けた方も少なくないのではないかと思いますが、生存権というのは、それくらい重要な人権です。
先ほども述べたように、資本主義が発展したことにより、どうしても、経済的劣位に置かれる人が出てきます。しかし、当然のことながら、社会的・経済的弱者であっても、人としての尊厳があり、その人権は尊重されねばなりません。
そこで、憲法25条1項は、すべての国民に対し、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」すなわち生存権を保障しているのです。
生活保護法
もっとも、生存権を保障する憲法25条1項は、内容が抽象的であるため、この条項を根拠にして、国に対して直接なにかの給付を請求することはできないとされています。
他方、憲法25条1項は、国に対して、立法・予算を通じて生存権を実現すべき法的義務を課していると考えられています。
そこで、憲法25条1項で保障された生存権を具体化するために定められたのが、生活保護法です。この法律により、経済的弱者であっても、「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されるのです。
以上、生存権と生活保護法について簡単にご紹介しましたが、次回以降、生活保護法について、もう少し詳しくご紹介し、その後に、冒頭で述べた最高裁判決についてもご紹介したいと思います。
