「生きたいように生きていい」。そう確信できるようになったのは、つい最近のことだ。私の幼少期は、親や教師に隙を見せない「超真面目でしっかりした子ども」だった。自分に厳しく、窮屈なほど「正しさ」を求めて生きていたように思う。
しかし、その内側には大人が拍子抜けするような太々しさも同居していた。叱られて押し入れに入れられた際、その中でぐっすり眠りこけて両親を驚かせたり、そろばん塾で「帰れ!」と言われた言葉通り淡々と帰宅し、翌日何事もなかったかのように通い始めたり。それは、ある種の強さでもあったが、同時に「人に甘えるのが驚くほど不器用」なことの裏返しでもあった。
学生時代の嫌がらせや、社会人になってからの理不尽な仕打ちに対しても、私は「平然と淡々と過ごす」ことで自分を守ってきた。それが私なりの最善の「作戦」だったのだ。しかし、平然を装う私の身体には、びっしりと湿疹が出た。私はずっと、歯を食いしばって生きてきたのである。
「今ここ」を丁寧に、鎧を脱いでいく
なぜ今、過去を振り返るのか。それは、自分の特性を知ることが患者さんとの関係を育むヒントになると気づいたからだ。間違ったことが嫌いで正義感が強い自分は、生きづらさも多かったが、同時に「それも悪くない」とようやく認められるようになった。
かつて、甘え上手な兄を羨み、「大人びた自分」という鎧で心を守るしかなかった。だが、今はその鎧を一枚ずつ脱ぎ捨てていく時期なのだ。同時に、厳しく叱ってくれた大人たちに、今なら「愛を向けてくれてありがとう」と伝えたい。厳しさのなかにある、小さな灯りのような優しさを見極められる人間でありたいと思う。
以前、コミュニケーション術の勉強会に参加したことがあった。しかし技術を学ぶほどに気分が悪くなり、早々に切り上げた帰り道、道端で野菜を売るおじさんと何気ない話をしていたときのほうが、どれほど心がほっとしたことか。コミュニケーションは技術ではない。マニュアルでは割り切れない「余白」や「血の通った心の通い合い」のなかにこそ、私が目指す医師と患者の信頼関係があるのだ。
まなびという小さな魔法
中学生のころ、母に相田みつをさんの『育てたように子は育つ』という本を贈った。
あのときの あの苦しみも
あのときの あの悲しみも
みんな肥料に なったんだなあ
じぶんが自分に なるための
この言葉をだれよりも欲していたのは、私自身だった。患者さんの自己治癒力を引き出したいと強く願いすぎてしまうのは、私自身の課題の現れかもしれない。
医師と患者は、共に学び合う仲間だ。患者さんが医師に依存するだけでなく「どう生きたいか」という自分の考えを持つことは、病と向き合ううえで欠かせない。だから私は、その人の生きる力を活かすための「作戦会議」を診察室で繰り返している。
自分の力不足にがっかりすることも多いが、失敗からこそ多くを学べるのだと自分に言い聞かせている。
人は「正しさ」ではなく、理解され、安心できたときに初めて自ら動き出せる。支援とは、溺れている人に「正しい泳ぎ方」を上から叫ぶことではない。まずは浮き輪を投げ、波が静まるまで隣で支え、相手が自ら陸へ向かう活力を取り戻すのを静かに待つことなのだ。
以前目にしたこの言葉が、今もずっと胸に残っている。今の私にはまだこの域に到達できているわけではない。だけど、これまでの苦悩も悲しみも、すべては患者さんの隣に立つための「肥料」になると信じている。
