ながれるようにととのえる
身体の内なる声を味方につけて、生きる力をととのえる内科医、鍼灸をおこなう漢方医のお話
やくも診療所 院長・医師
眼科医を経て内科医、鍼灸をおこなう漢方専門医。漢方や鍼灸、生活の工夫や養生で、生来持っている生きる力をととのえ、身体との内なる対話から心地よさを感じられる診療と診療所を都会のオアシスにすることを目指す。
やくも診療所/東京都港区南麻布4-13-7 4階
手足のほてり、迷いながら選ぶ
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暑くなってくると、手足のほてりが気になる患者さんが多くなる。診察では、手首に触れて脈診をするため、患者さんの手の温度がより気になってしまうのかもしれない。
私が中学生のころ、鍼灸師である母の患者さんに結核の後遺症で苦しんでおられた方がいた。あるとき、その方は両手のほてりがひどすぎて、夜もまともに眠れなくなってしまったという。大学病院を5つほど巡り、原因を究明しようとされたそうだ。しかし、どの大学病院でも、手の温度をサーモグラフィーで確認はしてくれるものの、それがなにを意味し、なにが原因でほてりが生じているのかは、残念ながら「わからない」という結論だった。西洋医学の検査で異常が見つからず病名がつけられないとき、対処療法で様子を見るしかない場合も多い。しかし、眠れないからと睡眠薬を処方されても、ほてった手に湿布を貼っても根本的な解決にはなりにくい。
その方は、その後、母の鍼灸治療に通いながら、自分に合った漢方薬を見つけ、長い間服用されていた。自らのつらい症状に対し、諦めることなく向き合い、納得できるアプローチを地道に継続された結果、手のほてりで眠れないという悩みは気にならなくなり、九十歳近くまで天命を全うされた。この方を時折思い出す。なぜなら、この方が自身の症状に向き合った姿勢には、学ぶべきものが多くあったからだ。
まず、近所の医者では明快な回答が得られないと知るや、遠方であろうと、もう少しわかることがあるのではないかと大学病院を訪ねていた。その結果、西洋医学的なあらゆる検査では原因や診断が見つけられないことに、納得されたのだ。そのうえで、ただ茫然と立ち尽くすのではなく、「違うアプローチとして鍼灸治療に改善の策がないか」と、自ら道を切り拓いてこられた。鍼灸や漢方が困りごとのすべてを解決できるとは思わないが、病名がなくとも、困っている現状と自らの心身の状態から、地道にアプローチをすることはできる。迷いながらも、ご自身で納得し、一歩ずつ選択して前を見ていたその姿勢に、幼かった私も「自分もそうありたい」と強く思ったものだ。
現代では簡単に情報が入手でき、目の前に溢れているように思える反面、本当に助けになる情報を得ることは、かえって難しくなっている。最後に行き着く頼みの綱は、自ら積み上げてきた小さな知恵や動物的な勘、いわゆる第六感ではないだろうか。この情報はやめておこう、これは試してみようという判断は、自分を守るための直感であろう。
ほてりという症状に対し、漢方ではその原因をより深く探る。例えば「三物黄ごん湯」という薬は、手足がほてってつらい「四肢苦煩熱」の改善を目的に処方される。この薬は主に、子宮の熱が全身に及んだものを治すとされ、産後の発熱、吐血や下血、しもやけ、火傷、蕁麻疹、乾癬、更年期障害、頭痛、夏の手足のほてりにより夜眠れない、夏の脚気など、多岐にわたる症状に用いられる。構成生薬は、地黄、黄ごん、苦参。苦参はマメ科のクララの根で、あまりの苦さに「クラクラする」というのが和名の由来とも言われるほどで、胃の弱い方には服用しづらい場合もある。
ほてりが手足のどちらもなのか、手だけか、足だけか、また夏になるとひどくなるのか、冬でも変わらないのかによっても、漢方のアプローチは異なり、それは古典にも記されている。私が専門とする鍼灸治療も、ほてりへのアプローチに大いに助けになる。
目の前の困っている患者さんが、少しでも楽になる自分を思い描ける道筋を、一緒に模索すること。それが私にできることだ。そして、鍼灸治療のもつポテンシャルが、つらい症状に悩む人や、西洋医学の診断だけでは難しいと感じている医師にも、もっと知られてほしいと願っている。