仕事や子育て、家事、介護など毎日を懸命に過ごしている皆さん。「いつも頭の中がぐるぐるしている」「明日のことや過去のことが気になってなかなか眠れない」そんなふうに、考えごとで頭がいっぱいになっていませんか? 実は「考えすぎ」がストレスや心身の疲れの大きな原因になっていることが、近年の脳科学の研究で明らかになってきました。そして、少しでも思考を静めることで、気持ちが楽になったり、体が軽く感じられたりするということも、科学的に証明されつつあります。
私たちの脳はなにもしていないときでもずっと考え続けています。その内容の多くは「あのとき、ああ言えばよかった」「あれはよくなかったかも」といった過去への後悔や反省、または「この先どうなるのだろう」「子どもの将来は大丈夫だろうか」といった未来への不安です。こうした思考が続いていると、脳は「今もストレスが続いている」と錯覚して、私たちの心や体に負担をかけ続けてしまいます。同じことを繰り返し考える癖(反芻思考)が、ストレスやうつの原因になっている、と最近の研究で明らかになっています。ネガティブな出来事や不安を何度も思い出すことで、脳はそのたびにストレスを受けています。また脳には、デフォルト・モード・ネットワークと呼ばれる、なにもしていないときに働く回路があります。これは、過去や未来について考えたり、自分自身について思いを巡らせたりするときに活性化するのですが、過剰に働くと不安や疲労感が強くなる傾向があることもわかっています。
こうした考えすぎを静めるために、注目されているのがマインドフルネスと呼ばれる瞑想方法です。マインドフルネスのポイントは「今この瞬間」を感じることです。呼吸や音、体の感覚など、身のまわりの「今」に意識を向けるだけで、脳の緊張が低下することが、多くの研究で確かめられています。実際にストレス時に上昇するホルモン(コルチゾール)が減少した、という報告もあります。忙しい毎日の生活で、思考を休ませる簡単なマインドフルネスを紹介します。お茶やコーヒーを飲むとき、最初の一口だけ香りや温かさ、味わいを感じてみましょう。子どもが寝たあと、三分間だけ呼吸に意識を向けて「今、息が入っているな、今、息が出ているな」と感じてみましょう。お風呂に入っているときに、肌に触れるお湯の感覚や、湯気を吸い込む感覚を感じましょう。わずかな時間であっても「今ここ」に意識を戻すことで、脳は少しずつ休まり始めます。
最近、私が練習している方法をご紹介します。「これもいのちの輝きだなぁ」です。ポジティブなこともネガティブなことも全部、この命の営みのなかで感じている輝きなのだなぁ、という気づきがありました。自分自身をジャッジすることなく思考を静めてくれる、良い言葉だと思っています。魔法の言葉を作るときは、1ヶ月くらい試行錯誤して、しっくりくる言葉を探すのですが、この言葉にたどり着いてしばらく練習していたとき、ふと宮沢賢治の詩を思い出しました。『春と修羅』に「わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です(あらゆる透明な幽霊の複合体) 風景やみんなといつしよに せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける 因果交流電燈の ひとつの青い照明です(ひかりはたもち その電燈は失はれ)」とあります。宮沢賢治の心境の一端に触れることができたような気がしました。
仕事も家族のお世話も人生も、ずっと全力で走り続けることはできません。ときには、考えることをやめる時間を持ちましょう。それは決して怠けることではなく、自分自身を大切にするための優しい時間です。あなたが笑顔でいることで、きっと家族の笑顔も増えるはずです。