暦のうえで春を迎えたころから、私の顔には小さなできものが現れ始めた。忙しさにかまけていた矢先、ふと耳の後ろに一つ。それが治まったかと思えば、今度は額に、そして顎にまで。春は、肌のトラブルに見舞われやすい季節だと、自身の経験からも、そして古医書の記述からも改めて感じる。
鍼灸の古典である『素問霊枢』には、できものの部位や大きさによって、その名称や治療法に細やかな違いが見出されている。数千年も前の人々が、このように丁寧に身体を観察し、なんとかして苦痛を和らげようと知恵を絞っていた事実に、深い感銘を受ける。できものは、身体の中で、うまく排出されずに滞ってしまった炎症があるサインだ。漢方の考え方では、皮膚は大腸や肺と深く関連しているとされる。そして、春という季節は、冬の間に溜め込んでしまった不要なものが、体表や鼻、目、口、耳といった「穴」を通して表面化しやすいと考えられている。まさに、冬ごもりから目覚め、新しい芽を出す春の自然界の動きと呼応しているかのようだ。
このような、春にできものができやすい体質の人の助けとなる漢方薬の一つに「十味敗毒散」がある。化膿傾向のある湿疹に効果を発揮するこの薬には、柴胡、桔梗、川芎、桜皮、茯苓、防風、羌活、荊芥、甘草、生姜という十種類の生薬が含まれている。特に興味深いのは、桜の皮、すなわち桜皮が配合されていることだ。その季節に必要となる生薬が、まるで自然界が私たちに教えてくれているかのように、その時期に花を咲かせる。そう考えると、自然の摂理と私たちの身体は、深く結びついているのだと改めて感じさせられる。私たちの身体に現れるさまざまな症状も、季節の変化に応じているし、身体と環境のバランスが崩れたときに、そのサインとして現れてくるのだ。
江戸時代には、桜皮は民間療法として多岐にわたる用途で用いられていたようだ。魚の毒にあたった際の解毒、蕁麻疹や腫れ物などの皮膚病、さらには解熱、鎮咳、収斂薬としても利用されていたという記録が残っている。現代においても、十味敗毒散は赤みのある腫れ物に有効であり、粉瘤ができやすい人の助けとなることがある。西洋医学的なアプローチでは、大きくなった粉瘤は切開して袋ごと摘出する処置が一般的だが、根本的な食生活を見直さない限り、再発を繰り返しやすい。しかし、逆にいえば、粉瘤ができたという事実は、自身の食生活を振り返り、改善する良い機会を与えてくれているともいえるだろう。「同じ症状を繰り返さなくても良いよ」という、身体からの有難いメッセージと捉えることもできるのではないだろうか。
心身が疲れているとき、私たちは胃腸も疲弊していることを忘れがちだ。だからこそ、意識して胃腸を労わり、疲れている自分自身に気づいてあげることが、なによりも大切な養生となる。私たちは、本来持っているはずの、自分の身体に対する手当ての仕方を、現代社会のなかで学ぶ機会が少なくなってしまっているのかもしれない。
また、「病気がなければ良い」「症状がなければ良い」という一面だけで健康を捉えてしまうと、実際に病気や症状が現れたときに、自分自身を追い詰めてしまいやすくなる。病気も、症状も、もしかしたら私たちがまだ気づけていないなにかを知らせてくれているサインなのかもしれない。そう考えると、そこから、より楽に生きるためのヒントを見つけ出すことができるのではないだろうか。百点満点の身体や心の状態でずっと居続けることは難しい。だからこそ、病気や症状を通して、自身と向き合い、必要な変化を受け入れることで、私たちはもっと穏やかに、自分らしく生きていくことができるのだと信じている。春のゆらぎを感じながら、自身の身体の声に耳を傾け、いたわってあげること。それが、健やかな日々を送るための第一歩となるだろう。