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ながれるようにととのえる

身体の内なる声を味方につけて、生きる力をととのえる内科医、鍼灸をおこなう漢方医のお話

やくも診療所 院長・医師

石井恵美 (いしいえみ)

眼科医を経て内科医、鍼灸をおこなう漢方専門医。漢方や鍼灸、生活の工夫や養生で、生来持っている生きる力をととのえ、身体との内なる対話から心地よさを感じられる診療と診療所を都会のオアシスにすることを目指す。
やくも診療所/東京都港区南麻布4-13-7 4階

「当たり前」の隣にある、小さな光

投稿日:

眼科医2年目のころ、私は静岡県清水の港町にある病院で働いていた。医師としての学びが多い時期だったが、当時の私は病院の外での活動にも同じくらい躍起になっていた。英会話教室に通い、船舶免許を取得し、さらには古典フラダンスまで習いに行った。

仕事が終われば、昔ながらの茶箪笥があるお茶屋で一息つき、花屋へと向かう。そこは冷蔵のショーケースがなく、花よりも枝葉が青々と茂るジャングルのような場所だった。忙しない日々のなか、深く呼吸を取り戻せる大切な癒しの場であった。

それ以前の大学病院勤務では、病院と家をただ往復するだけの毎日。疲れ果てて帰宅し玄関でそのまま寝てしまったり、眼科病棟のストレッチャーの上で朝を迎えたりすることもあった。だからこそ清水での時間は、一人の人間としての成長に欠かせない、なにひとつ無駄のない「大切な余白」だったと、今になって改めて確信している。

そんな日々を経て、私は再び母校の大学病院へと戻った。近隣に米軍基地があり、基地内のクリニックで対応できない眼疾患の患者さんが、緊急で受診されることがしばしばあった。当時、英語の学びに積極的だったこともあり、基地関連の受診者には私の診察を薦めてもらう機会が増えていた。

ある当直の夜、米軍キャンプから一人の子どもが救急外来に運ばれてきた。日本語はまったく話せず、激しい痛みと恐怖で泣きじゃくるその姿に現場は緊迫した。

 

枠を超え、寄り添う

泣き喚く子どもに、私は片言の英語で懸命に語りかけた。「麻酔の目薬をさして薬が効いてくれば、目を開けられるようになるから大丈夫だ」と。しかし、小さな彼にとってそれどころではなかっただろう。私は「ARMY」と書かれたTシャツを着たお父さんに状況を説明した。茶目の虹彩という部分が断裂しており、すぐさま緊急手術が必要であること——。なんとか説明を尽くし、先輩医師の執刀によって手術は無事に完了した。

しかし、ほっとしたのも束の間。明け方にお父さんはこう告げてきた。「すぐにアメリカに子どもを連れて帰りたい。その準備をしてくれ」と。術後すぐの帰国には驚いたが、そこには日米の医療体制の違いがあった。アメリカでは子どもの視力育成において大人とは異なる専門的アプローチをとるため、一刻も早い帰国を望まれたようだった。手術の記録を英語と詳細な絵で書いたものを、彼らに手渡した。その日のうちに彼らは日本を発っていった。日本の「当たり前」が世界の当たり前ではない。医療には国や文化によって多様な「正解」があるのだと、肌で感じた出来事だった。

聞いた話では、オーストラリアの総合診療医は角膜の異物除去といった眼科的な手技まで習得し、実践しているという。アクセスの問題や医師数などの背景を思えば、それは合理的な進化なのだろう。他国のシステムをそのまま真似れば良いとは思わないが、目の前の患者さんが少しでも楽に生きられるための「作戦」は、既存の枠にとらわれず、もっと試行錯誤されていってほしいと思う。例えば、高齢者施設や自宅で介護生活を送る方にとって眼科受診は非常にハードルが高い。しかし、認知症の進行を防ぎ、「その人らしさ」を保つためには、五感を良い状態に保つことが極めて重要だ。今のシステムで「仕方ない」と諦めるのではなく、生きることを助けるための小さな光を、少しずつでも当て続けていきたい。

ふと思い出す光景がある。中学生のころ、図工の課題で画用紙いっぱいに「目」を描いた。その瞳のなかには、100年後の緑あふれる、自然豊かな地球が映っていた。あのとき、一編の詩と共に描いた目は、まるで今の私の歩む道を示唆していたかのようで、不思議なあたたかい気持ちになる。

- ながれるようにととのえる - 2026年6月発刊 vol.225 -, ,

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