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ながれるようにととのえる

身体の内なる声を味方につけて、生きる力をととのえる内科医、鍼灸をおこなう漢方医のお話

やくも診療所 院長・医師

石井恵美 (いしいえみ)

眼科医を経て内科医、鍼灸をおこなう漢方専門医。漢方や鍼灸、生活の工夫や養生で、生来持っている生きる力をととのえ、身体との内なる対話から心地よさを感じられる診療と診療所を都会のオアシスにすることを目指す。
やくも診療所/東京都港区南麻布4-13-7 4階

だいじょうぶ

投稿日:

大学時代のサークルの先輩に魅力的な方がいた。私が大学病院を離れてからは会う機会がなくなっていたが、恩師から病気になったようだと聞き、その後、A‌L‌S(筋萎縮性側索硬化症)という難病だと知った。先輩は、5年以上前に天国に旅立たれた。

先輩が自分の病名を知ったとき、どんな気持ちだったのだろうかと、ふと考えることがある。その思いは計り知れない。医学を勉強し病気を理解している分、くだされた病名は言葉にできないほど苦しかったであろう。そのなかで、生きること、生かされていることに、先輩はどのように折り合いをつけていたのだろうか。

人は、どんな境遇にいても、自分自身を苦しくするのも、楽にしてあげられるのも、また自分自身なのだろう。しかし、周りの大切な縁ある人が「だいじょうぶだよ」と心を向け、祈りを送ってくれる思いは、その人を温かく柔らかな気持ちにさせてくれる。そこに、救いはあるのだと思う。

「だいじょうぶ」は、仏教語である。サンスクリット語の「マハープルーシャ」(偉大なる人)に由来し、中国では菩薩(人々を救う修行者)を指したようだ。時代とともに、頼れる人という意味合いから、相手を安心させる言葉へと変化してきたのだろう。

私たちが使う「だいじょうぶ」には、「あなたには乗り越えていける力がある」「あなたは尊い存在そのものだ」というような、優しいまなざしや深い信頼が込められている気がする。それは、生きていること自体が素晴らしいことに気づかせ、失う恐怖に心を惑わされないようにする、祈りのような思いである。

亡き父が常々言っていた「おまえならだいじょうぶだよ」は、私を信じ、深く見守っていてくれる言葉であったと今になって思い出す。鍼の師匠の本の題名も『だいじょうぶ』であった。また、藤井風さんのアルバムにも、「it’s alright」という、とても好きな曲がある。「だいじょうぶ」の言霊には、「no problem」という問題がないという意味だけでなく、祈りのような深い優しさがあるように感じる。

年を重ねて生きていると、完璧でなくなることのほうが多くなる。少し楽になれることに、なんともいえない嬉しさがこみ上げてくるものだ。今年は、体調を崩し心身の苦悩をまざまざと実感したことで、立ち止まって考えざるを得なかった。医学生のころとはまた違い、知らぬ間に自らに課していた「〜すべき」「我慢強く」「なんとかがんばる」といった意識が、生物としての自分を窮屈に、苦しくする方向へと舵を切ってしまっていたのかもしれない。しかし、ピンチのときは、「今、本当に必要なものに気づけるチャンス」でもある気がしている。

敬愛する精神科医の神田橋條治先生の著書『心身養生のコツ』に、心のなかで「ラレル」という呪文を唱える健康法が書かれていた。「ラレル」は自分の身体を作る個々の細胞すべての合唱だとイメージするよう記されていたが、試してみると、緩みを欲していた自分にはなんとも心地よかった。

臨床の現場で、不調に陥り困っている方は、自分の症状に近いものをネットやA‌Iで探している。ときには、医師の診察以上に丁寧な説明や寄り添う言葉に支えられるのだろう。だが、「気鬱」の状態にあるとき、さらに鬱々としてしまう情報は、抜け出せない迷路のような気配すらある。

生身のやり取りに生まれる「だいじょうぶだよ」という言葉がもたらす安心感と安らぎは、生きる力を与えてくれる。今回、自分の苦悩から抜け出しながら感じた経験は、いま目の前にいる患者さんと「共にいる」とはどういうことかという学びであった。縁ある人に心を向け、心を向けられ、力をもらい力を与え、そう生かされている今に、感謝しながら、この一年を締めくくりたいと思う。

- ながれるようにととのえる - 2025年12月発刊 vol.219

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