「3週間ほど前から我慢してきた痛みがひかなくて、明日ぐはさすがに無茶なこと」と、理由を伝える
治療をしていると、思いがけない副反応というのがあるようです。予想外に多いのが、「帰宅してすぐに便秘が解消された」というもの。治療効果として、身体が緩むとか、血流が改善される、ポカポカ温かくなるというのが多いなか、緩めば巡る、巡れば出るというところでしょうか。きちんと出るようになれば、ご飯がおいしく食べられるようにもなって、さらに好い循環へとつながるでしょう。
かつて洋酒のCMに「なにも足さない、なにも引かない」とありましたが、施術も同じでクスリを使うことはないし、なにか特別なことをするわけでもありません。身体に働きかけることによって、本来持っているチカラが動き始めるのでしょう。
来たときよりも美しく
「来たときよりも美しく」という言葉があるように、しんどそうに来られた人が、晴れやかな表情で帰っていかれるのは、治療者としては「来てもらえて良かったな」と思える瞬間です。
緩むとか巡るとはいっても、そこに至るまでの順序や兆候があるようです。多いのは、治療の開始とともにお腹が鳴ること。患者さんによっては「ごめんなさい」と謝る人もおられるのですが、いつも「身体が動き始めた証として、だれにも起こることですよ」と伝えて安心してもらうようにしています。腹鳴に続いて、呼吸が深く大きくなってきます。ため息をついたり、堰を切ったように喋り始める人もおられます。笑い出したり、泣き出す人もおられます。身体が動き始めれば、心も動くし、感情も動き始めるのでしょう。やがて、積み重なってきたもの、凝り固まったものが解きほぐされて、流されて、巡っていくということなのだと思われます。
治療の翌日に、「なんでこんなことで悩んでいたんだろう」と職場で思えたとか、帰路に涙が溢れてきて止まらなかったとか、人前で泣くなんて恥ずかしいと考える間もなく溢れてきたとか、感情が大きく動いて戸惑ったという話も聞きますが、「それも正常な反応ですよ」と伝えています。
身体と心は連動しているものなので、どこかの段階でブレーキがかかれば、巡っていくということはなさそうです。泣きそうになっても堪えられているうちは、巡らせるチカラがまだ大きくは働いていないのかもしれません。
ほとんどの患者さんは友人や知人からの紹介なので、ある意味では良いことを聞いて期待を胸にやってこられています。なかには「もっと楽になると思ってたのに」と、残念そうな態度を隠そうとしない人もいらっしゃいます。「まだ時間はかかりそうですよ」とは伝えてみるものの、伝わったかどうかということもあります。長い間かけて凝り固まってきたものが、一回や二回で解けるとしたら、それはもはや治療ではなくて魔法。魔法が解けてしまうほうが早いかもしれません。巡るチカラを引き出せないままで患部の不調が軽減しても、対症療法に過ぎないのです。
帰られた後に、ハンガーが置きっぱなしだったり、スリッパが揃ってなかったりと、来たときよりも美しく帰っていかれないのも、好ましい循環までには時間が必要だということかもしれません。
身体と心の鏡
禅の言葉に「山花映水紅」とあります。山の花や木々が、水面いっぱいに映って、真っ赤に染まって見えるということ。山の花が水面に美しく映るのは、それぞれに絶妙な関係性の上に成り立っているということです。
山の草木と、湖の水との調和ともいえます。素晴らしい風景というのも、調和のもとに成り立っている。自分の健康も、身体と心の調和があってこそといえるのではないでしょうか。
自分を成り立たせてくれる人々の関係性にも感謝したいものです。
