今年1月、母が他界しました。認知症が進み、最後のほうは私の顔もわからなくなっていた母でしたが、不思議なことがありました。名前を呼んでも反応はほとんどないのに、手を握ると決まって言うのです。「ありがとう」。あの言葉は今も胸に残っています。
食べることができなくなって、どんどん痩せていき、手は驚くほど小さくなっていました。その手をそっと握ると小さな声で「ありがとう」と言うのです。
もともと、母は明るく、大きな声でよく喋り、じっとしていない人でした。
家に居ても常になにかをしている。動き続ける人。掃除をし、習い事に通い、ボランティアにも飛び回る。いつもなにかに夢中で動いていました。「私は歌が上手い」と自分で言ってよく鼻歌を歌っていました。家族は全員「これで上手いってよく言うな……」と思っていましたが(笑)。
そして、子どものころは厳しくて、よく叱られました。
「片付けなさい!」
「なにゴロゴロしてんの!」
「お行儀が悪い!」
あの言葉を聞かなかった日はないのではないかと思うくらいです。当時は「なんて口うるさいんだろう」と思っていました。でも不思議なもので、振り返ると愛情の記憶ばかりが残っています。
父の反対を押し切って私の進路を後押ししてくれたこと。どんなに忙しくても食卓を整えてくれたこと。病気のとき、驚くほど優しかったこと。何気ない日々のなかに、たくさんの「守られていた時間」がありました。
父が突然亡くなってからの母は、以前より少し静かになりました。それまで当たり前にあった存在が消えてしまったときの寂しさ。寂しさを口に出すことはほとんどありませんでしたが、その背中に深い孤独を感じたのを覚えています。
もっと頻繁に会いに行けばよかった。もっと素直に感謝を伝えればよかった。見送った後に浮かぶのはそんな後悔ばかりです。それでも、写真のなかで微笑む母に話しかけると、不思議と心が落ち着きます。姿は見えなくても、心のなかで繋がっているような感覚。人生は、受け取ったものを次へ手渡していく営みなのかもしれません。母から受け取ったもの。厳しさのなかの優しさ、前へ進む力。そして、あの少しせっかちで賑やかな生き方。そのバトンを胸に、私はこれからの時間を歩んでいこうと思います。

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西村 初美(にしむら はつみ)
2013年入社。手先が不器用で大雑把。全然向いていないのにDIY動画を観てはアレコレ想像を膨らませるのが最近の楽しみ。手始めに棚を作りました。次は洗面所を劇的に変化させたいと目論んでいる。
