おなかの中で学ぶこと
妊娠すると、「おなかの子にたくさん話しかけるといいよ」と言われます。音楽や読み聞かせによる「胎教」も定番です。私も妊娠中で人と話す時間がなかったとき、せめて自分の声を聞かせたいと、食事を作りながら歌を歌ったりしました。
そういうおなかの子にいいことだとされてきた習慣は、どこか経験則や感覚の世界の話でもありました。ところが近年、発達心理学や神経科学の研究から、胎児がおなかの中で聞いた音や言葉のリズムを記憶している可能性が示されるようになっています。
有名なのは、赤ちゃんの泣き声の研究です。フランスとドイツの研究チームが新生児の泣き声を分析したところ、フランス語圏の赤ちゃんは上がるような抑揚で、ドイツ語圏の赤ちゃんは下がるような抑揚で泣く傾向が見られたそうです。生まれて数日しかたっていないのに、まるで母語のアクセントをまねているような結果でした。
さらに近年は、人工知能(AI)を使って数千件の泣き声を解析する研究もおこなわれています。赤ちゃんは言葉の意味を理解しているわけではありませんが、おなかの中で母親の声のリズムや抑揚を聞き取り、その特徴を記憶していると考えられています。
そういえば、助産師さんから、仕事で忙しいお母さんから生まれた新生児は、動きや雰囲気がせわしなく見える、と聞いたことがあります。研究のような話ではなく、助産師さんの経験則ですが、胎児が外界の環境をかなり感じ取ることがわかってきている今、助産師さんの言葉は真実を含むのだろうなぁ、と思います。
白紙ではなく、余白
だからといって「妊娠中に忙しくすると赤ちゃんも落ち着きがなくなる」と言いたいわけではありません。
実際に、妊娠中のストレスと赤ちゃんの気質の関係を調べた研究もありますが、その影響は限定的で、遺伝や生まれた後の環境も大きく関わることがわかっています。おなかの中で受けた刺激だけで、その子の性格が決まるわけではありません。
むしろ興味深いのは、胎児が「なにも知らない真っ白の存在」ではないということです。内なる子どもはすでに、外の世界から学んでいる。最近では、生まれたばかりの赤ちゃんが、妊娠中に繰り返し聞いていた音楽に反応するという研究も報告されています。これには私も心当たりがあって、第一子の妊娠中に寝る前によく聞いていた曲のなかで、この子はひょっとしてこの曲が好きなのではないか、と私が感じていた曲を、生まれてから聞かせると、新生児が耳を傾けた印象を持っています。第二子以降ではのんびり胎教している時間もなかったので第一子のときだけの印象ですが、いま第一子妊娠中の方は、おなかの子に好きな音楽がないか、いろいろ一緒に聞いてみても楽しいかもしれません。
かつては「胎教」という言葉にどこか神秘的な響きがあり、クラシック音楽を聞かせると賢い子になる、といった話もありました。でも現在の研究は、もっと穏やかなものを示しています。赤ちゃんは白紙の状態で生まれてくるわけではなく、完成した状態で生まれてくるわけでもない。
東洋医学では、生まれる前に健康の半分が、生まれてから残りの半分が決まる、と考えるそうです。人の長い学びも、胎内で始まり、生まれた後も可能性と可塑性に満ちています。
