昔のコンピューターに「この資料、適当に整理しておいて」と頼んだらどうなるでしょう。
たぶん、なにもしてくれません。「適当とはなにか」「なにを基準に整理するのか」「どんな形式で出力するのか」。それを全部決めてプログラムを書くのが、プログラマーの仕事でした。ところが今では、生成AIに「適当に整理して」と頼むと、本当にそれらしく整理してくれます。コンピューターになにが起きたのでしょうか。
実は、昔のコンピューターがすべて決められた答えしか返さなかった、というわけではありません。ずいぶん昔からプログラムでは疑似乱数を使ってきました。ゲームでは敵の動きを変化させたり、シミュレーションでは確率的な現象を再現するために必要でした。
昔、インターネットでも「人工無能」と呼ばれる会話プログラムが流行りました。いくつか用意された返事からランダムに選ぶだけでも、会話しているように人間には見えて、癒された人もいました。生成AIもまたプログラムです。では、なにがこれまでと違うのでしょう。
AIには膨大な「経験」がある
普通のプログラムには、プログラマーが処理方法を書きます。「こういう場合は、こうする」その手順を細かく書き、それをコンピューターが忠実に実行します。ところが生成AIの背後には、人間が過去に作った膨大な文章などを使った「事前学習」があります。
もちろん、それらの文章が巨大な図書館のようにそのまま保存されていて、AIが検索しているわけではありません。学習によって、言葉と言葉、概念と概念、さらにはさまざまな手順や考え方のパターンまでが、巨大なモデルのなかに取り込まれています。だから「適当に整理して」が通じます。
この文章なら、たぶん要点を拾えばいい。この質問なら、こう説明するのが自然だ。この仕事なら、まずこれをやって、その次にこれをやればよさそうだ。人間が一つひとつプログラムしていないのに、文脈から「このあたりが適当でしょう」という処理を作り出せるのです。ここが、これまでのプログラムとの大きな違いです。文章の続きを考えてみましょう。「猫が窓辺で……」で始めます。続きは「眠っています」でもいいでしょう。「外を眺めています」でもいい。「日向ぼっこをしています」もありそうです。どれか一つだけが正解ではありません。
生成AIは、それまでの文脈から「次にはなにが来そうか」を判断しながら文章を作っていきます。
そこには確率があります。だから同じ質問をしても、毎回まったく同じ答えになるとは限りません。計算機として考えると困った性質ですが、文章を書かせたり、アイデアを考えさせたりすると、逆にこの曖昧さが役に立つのです。私たちが長い間使ってきたコンピューターとは、ずいぶん違って見えます。
ここまで見ると、少し不思議なことに気づきます。長年仕事をしてきた人に相談すると、「こっちのほうがいいと思うよ」と即座に答えてくれることがあります。「どうしてですか」と聞くと、「うーん、経験かな」と言います。本人も、その瞬間に何十もの条件を一つずつ計算したわけではないでしょう。何百回、何千回と似た状況を経験してきた結果、「この場合はこっち」という答えが出てきます。私たちは、それを「直感」と呼ぶことがあります。
人間の直感と生成AIが同じ仕組みだという話ではありません。それでも、大量の経験を背景にして、明示的な手順を一つずつたどらず、「このへんでしょう」という答えを出す。人間の「直感」と、どこか似た姿があります。でも内部はまったく違うのです。
