【異常気象と食糧問題】
私が住む三重県では史上最も遅い8月3日になってようやく梅雨明けとなりました。梅雨明け後もぐずついた日が続き、夏の青空が広がったのは8月の第二週になってからでした。
このため、稲の出穂は去年よりも1週間以上遅くなり、東北地方では日照量の不足でお米の出来がかなり悪くなりそうです。
再度、食糧の自給について考えてみたいと思います。
食糧自給についての議論で必ず出てくるのが、日本で作らなくても海外で日本人が農地を取得し、生産して輸入するという世界最適地生産の論理で実際、商社等が海外で農地取得に動き出しています。
確かに広い土地で大規模に農作物を生産すれば表面的なコストは下がりますが、大規模な機械化、農薬、化学肥料の大量使用、灌漑用水の確保のための地下水の汲み上げやダムの建設等によって引き起こされる環境破壊や伝統的な生活の崩壊といった問題があります。そして万一、気候変動等で食糧の供給に不安が生じた際、たとえ日本企業が生産したものであってもその国は輸出を認めないでしょう。
一方、海外からの食糧輸入は、日本国内の中山間地で農業を営む人々の生活にも壊滅的な打撃を与え、農地が持つ保水・治水機能を失うなど、目に見えない膨大な社会的コストがかかってきます。
食糧は輸入すればいいという評論家たちの論理にはこのようなコストは出てきません。そしてもし将来、食糧の輸入が止まった時、その人たちはどうやって責任を取るのでしょう?
ヨーロッパには政策を決める際にNo Regret Policy(直訳すると後悔しないための政策)という原則があるそうです。何か新しいことを始める際、100%安全と証明されなければやらないという原則です。逆に日本やアメリカがやっているのは危険と証明されなければ、安全という考え方です。
例えば、地球温暖化に対しての対応の違いです。いろいろな議論がありますが、90%以上の学者が地球温暖化によるリスクを警告しています。もし地球温暖化による大規模な気候変動やそれに伴う災害が発生したら、今の人類の力では取り返しが付きません。だからヨーロッパの国々は地球温暖化を止めるために必死になっているのです。
農業問題に対しても同じです。ヨーロッパでは食糧の自給とそのコスト負担は当たり前。そして農地が一度荒れると再度農地に戻すためには膨大なコストと時間がかかることを国民がきちんと理解しています。また食糧を自給することは餓えに苦しむ途上国の人々にとっても食糧価格低下、輸入量の維持といった面で貢献しています。
私たちは未来の日本の農業にとってどんな道を選択すべきでしょうか?
必ずその選択は世界中の人から、そして未来の子どもたちから評価されるはずです。
みんなに喜んでもらえる選択をしたいと思います。