東京の下町にある「苦手喫茶」。マスターの苦手雄蔵(ニガテユウゾウ)は数年前にふらっとこの街に現われ木造のぼろ屋を買い取ると喫茶店を営み始めた。
初めは全く流行らない喫茶店だったのだが、仙人のようなマスターの風貌と、ある特技がうわさになり、今では全国からぽつりぽつりと客がやってくる。
「この店ができた当時を知っているあたしからみると、最近の店の賑わいはホント感慨深いわね。」そういうとツルは煙草に火をつけた。
「初めはこの人ウィンナーコーヒーって注文したら、コーヒーとウインナーでよかね?なんてギャグみたいなことまじめに聞いてくるから、
あんたよく喫茶店なんか始めたわねって、一からあたしが教えたようなものなのよ。ほほほ。」
「確かに」マスターはカウンターの中で悪びれもせず頷いた。「マジですか?それ笑えますね。」いつの間にかこれまた常連の林田がカウンターに座っている。
カウンターの小さな椅子に林田が座ると、大きなクマが木にしがみついているようでどことなく見る人の笑いを誘う。林田は身長185センチ、体重は100キロを超える巨漢で、ロシア人の血が4分の1入っている色白の超のつく美男子だ。実家は
代々少林寺拳法の師範なのだが、2年前に女装趣味が発覚して大問題になり、現在は勘当の身になっている。今は女装趣味を封印してまっとうな人間になろうとしているらしいのだが、時々無性に女装したくなると決まって
この喫茶店にやってくる。しかし、言葉使いは男らしくしかも礼儀正しいので、林田の女装趣味のことを知っている人はこの店の常連の中でも片手で数えるほどしかいない。
「へぇ。ツルさん、喫茶店経営なんかも知ってるんですね。」「馬鹿ね、本物の女優は何でもできるものなのよ。」「なるほど、さすがマスターの1番弟子、しかも元宝塚ですしね。」感心したという様に林田が頷く。
「ところでマスターの前職は ? 」林田がマスターの顔をのぞきこむように聞いた。「マグロ船の船員なのよ。」何も答えないマスターの代わりにツルが答えた。「なるほど、でもそれがなんで喫茶店を…。」「そのわけは…あたしにも教えてくれないのよ。」何度も同じ質問をしたがマスターは言いたがらない。
「それにどこで身につけたのですか?あの秘術っていうか、能力…。」少林寺拳法の有段者の林田には、その能力を得るためには並々ならぬ修練が必要なことは十分想像できた。「それも秘密なのよ。とにかく秘密だけらけの男ってわけ。そこがまたいいのかもね。」ツルは煙草の煙をぷっと林田の顔に吹きかけた。
「やめて、やめてください ! 早く禁煙にした方がいいですよ、この店も。」顔の前で手をパタパタしながら林田が抗議した。「ところで、次の引き寄せはこの方では…。」林田がテーブル席の奥に座る女性客の方にようやく話を移した。
「あ、ああ、そうじゃった、ではお嬢さんはいったい何を引き寄せたいのか話してくだされ。」マスターもうっかり忘れていたというように促すと、女はようやく自分の番が回って来てホッとしたのか、ため息をひとつつくと、ぽつりぽつりと話し始めた。
「わたし、うまく説明できるかどうか分かりませんが…わたし男運がないんです…というか、わたしと一緒になった男の人はみんな成功して立派になっていくんです。」「じゃぁいいじゃん。あげ○○ってことよね。」ツルが女の目をじっと見つめながらいうと、女はうつむいたまま「いいえ、それが全然良くないんです。」男たちは成功すると判で押したように全員が女の元を離れていくというのだ。しかも、その後必ずと言っていいほど悲惨で不幸なことになってしまうらしい。今では消息不明の男も何人かいるという。
「何人も消息不明って、一体何人と付き合ってきたのか…。」怖いものを見るような目つきで林田が女をちらっと見た。「何人って…そんなにはいませんけど。」女は少しむっとしたように林田を睨みつけた。「ああ、そうですよね、確かに、確かに。」林田は急
におどおどして、わけのわからない相槌を何度もうった。実は林田、大きい図体に似合わず、暗い所と霊の類が大の苦手だった。
(次号に続く)
矢吹 三千男
矢吹 三千男氏 生来の虚弱体質で16歳の時に十二指腸潰瘍を患い、ヨガと占いにはまる。二十歳の時には身長が175センチで体重は50キロ。いつも複数の薬を持ち歩く。様々な健康法を実践するもほとんど効果なく、ようやく食養生で体質改善に成功したのは30代も半ばを過ぎていた。その時、生まれて初めて「健康」を実感する。製薬会社勤務などを経て、その後バッチフラワーに出会い、現在(株)プルナマインターナショナル代表。 著書『感情のレッスン』文芸社刊 |
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