「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」、夏目漱石の「草枕」の冒頭部分です。超訳すると「理屈っぽいと嫌われる。感情を優先すると、その感情にふりまわされる。やりたいことは、思い通りにならない」ということになるかと思います（間違っていたらごめんなさい）。

漱石先生は智・情・意の働きがうまくいかない場面を、詩的に、簡潔に表現してくれました。さすがです。そのような才能がない私ですが、どうしたら患者さんの精神的ストレスを、効果的に減らすことができるか？といつも考えています。最近、複雑な心の仕組みの一部がわかったような気になっていましたが、先ほどの草枕の冒頭部分を読むと、まだまだこの境地はほど遠いと感じました。

それはさておき、今回は漱石先生も取り上げている智・情・意の観点から、ストレスを減らす方法を考えてみましょう。特に感じるのは、ストレスが多い人は、頭が、胸・腹（肚）とうまく連携できていないということです。もっというと頭が暴走しすぎています。頭の働きは別の言葉で表現すると思考（智・マインド）です。胸は感情（情・ハート）、腹（肚）は意志（意・スピリット）となります。

「答えのでない問題」を考え体力を消耗していませんか？

頭は非常に優秀なコンピューターなので、日常のルーティンワークをしたり、効率よくしたりとか、過去の経験と比べたりといったことは得意です。考えている、という意識もないくらい瞬間的に最善の答えを出してくれます。ただ、答えの出ない問題がこのコンピューターに入力されたとき、「解なし」とは出力されず、延々と計算をし続けてしまいます。その優秀なコンピューターを使っても、答えの出ない悩みは、同じコンピューターでいくら計算しても、いつまでも答えは出ないのです。そのうえ、脳は体重の２ ％ 程度しかないのに、体全体の約20％のエネルギーを消費しています。考え続けることは更にエネルギーを余計に消費することになるので、考えても答えが出ないことに大量のエネルギーを使って、骨折り損のくたびれ儲けになっています。本来、脳は「効率的に」つまり「損しないために」どうすればよいかを考えているのに、結果として大損しているのです。どこで間違ってしまったのでしょう？

ひとつは、入力するべきでない情報を入れてしまったところです。未来に関することを入力したときには、答えは出ません。１秒先さえ、何が起きるかわかりません。無限の可能性を考える必要があるため、いつまでも思考は止まりません。もうひとつは、「どうすればよいのか」という判断を、脳のコンピュータに任せようとしてしまったところに問題があります。

脳は大変優秀で便利なコンピューターなので、自分の本体を思考そのものであると勘違いしてしまいがちです。思考は言葉を使うので、とてもはっきりと認識できます。一方、感情や意志は、感覚としてしか認識できないので、思考の声にかき消されがちです。感情は、胸がざわざわする、どきどきワクワクする、胃がキリキリする、頭がカーッとなるなど、体の感覚で感じています。その感覚に、不安、期待、心配、怒りなど、頭が理解できるように名前をつけているのです。そして、過去の経験に照らし合わせて、そういう感情を人前では表に出さないでおこう、あの人には遠慮しなければ、今は我慢しようなどと、抑えこむことが上手になってしまっています。感情を溜め込むことが当たり前になっているのです。
（続く）