一度食べたらほかの素麺は食べられないと人気の三輪山勝製麺の「一筋縄」。業界の常識に囚われず、「安心安全でおいしく、適正価格で販売する」を掲げて、目の前のお客様のために50年以上、素麺を作り続けてきた山下勝山氏に素麺作りへの思いを伺いました。
「昔は外干しで素麺を作っていたのですが、今は空気が汚れているのでできません。この乾燥室は8~15℃に調整していて、三輪の冬くらいの環境にしています。乾燥室も手作りでかなり勉強して作ったんですよ」と語る山下勝山氏
一度食べたらほかの素麺は食べられないと人気の三輪山勝製麺の「一筋縄」。業界の常識に囚われず、「安心安全でおいしく、適正価格で販売する」を掲げて、目の前のお客様のために50年以上、素麺を作り続けてきた山下勝山氏に素麺作りへの思いを伺いました。
「昔は外干しで素麺を作っていたのですが、今は空気が汚れているのでできません。この乾燥室は8~15℃に調整していて、三輪の冬くらいの環境にしています。乾燥室も手作りでかなり勉強して作ったんですよ」と語る山下勝山氏
三人兄弟の末っ子の私は繊維関係の仕事に就き、家業は兄が継いでいました。私が継いだのは30歳のとき。当時、素麺といえば高級感のある細い麺。いかに細い麺を作れるか、髪の毛ほどの細い麺が品評会で受賞していました。
40代に入り、「おいしい素麺」について、つるつるした食感か、コシなのかわからなくなっていました。職人が交流する会を立ち上げたのですが、そこで、お茶研究の第一人者の谷本陽蔵さんに「おいしいとはどういうことか」と訊かれました。彼曰く「おいしいとは甘いこと」。砂糖の甘さなどではなく、その素材の旨味、甘味を引き出すのが職人であるというのです。
その言葉をきっかけに、原料を見直し、徹底的に小麦の研究を始めました。素麺を作る小麦は約30種類。アメリカ産、カナダ産の強力粉や準強力粉を使うのが一般的で、大量生産できて失敗がありません。市場の50%を占める細い麺は、強力粉を使用しています。グルテンが多いと切れにくいのです。弊社では、日本人の味覚に合わせた小麦の種をオーストラリアで育て、その小麦の薄力粉や中力粉を使っています。雨の多い日本の土壌は、本来、小麦を育てるのには向いていないのです。
小麦の研究を始めてわかったのが、小麦の甘味の鍵はデンプン質ということ。デンプン質の甘みが、おいしさに影響しているのです。小麦粉には、タンパク質であるグルテンや、デンプン質があります。細くて強い麺を作るためにグルテンが多い小麦を使うと、きれいに作れます。でも、グルテンを増やすと、デンプン質の甘味が消されて、おいしくなくなるのです。
デパートでの実演販売などで、お客様に接するなかで「このお客様には、どんな原料の配合にすればいいのか」といつも考えていました。そして、原料について勉強していくうちに、素麺組合とは折り合いがつかなくなりました。組合に入っている限り、安定的に売ってもらえる。でも、原料やできあがりの麺の細さなど厳しく決まりがあり、組合の検査を通ったものしか売ることができない。実は、麺のなかで一番カロリーが高いのは素麺。油がたくさん使われているからです。素麺特有のあの匂いは、油が酸化した匂い。酸化した油は身体によくないので、なんとか油を使わずに作りたいと思いましたが、油を使うことが組合の規定。グルテンの少ない小麦も使えない。原料にこだわると組合にはいられなくなり、40代半ばで、私は素麺組合を脱退することを決めました。父や兄は「油をつかわない麺など作れるか!」と反対しました。私は家業を継ぐ前に別の業界にいたので、冒険ができたのだと思います。たしかに油を使わずに作ろうとすると、麺がくっつくなど問題が起こります。それでも、安心・安全、おいしい、適正価格で販売できる、という3つの柱を掲げて、自分の思う素麺を絶対に作るぞ!とがんばってきました。正論を振りかざすつもりはなく、ただ、心からおいしいと思える安全なものを作りたかったのです。
お客様と接していたことは大きな原動力でした。職人として麺だけ作っていても、会話がありません。そうすると思い切ったことはできない。会話することで、お客様が求めていることも、だんだんわかってきます。もちろん批判や指摘にも耳を傾けます。お客様からは褒め言葉はいただけても、本音はあまり聞かせてもらえないものです。こちらが本音を話していただける姿勢でいる必要があると思います。ラーメン屋のがんこ親父が「気に入らなかったら帰れ」と言う話を耳にすることがありますが、それは疑問です。自分にとって一番大切な意見をくれるのがお客様。いただいた意見は財産です。
素麺づくりの昔と今との大きな違いはデータがあることです。例えば、私が子どものころは、素麺職人は朝4時起きでした。たらい10杯ほどの水を溜めておいて、その水を頭からかぶるのです。起床後は体温が上がっているので、自分の体温を下げ味覚を研ぎ澄ますことで、水や塩のバランス加減を調整しやすくなるのです。当時の素麺づくりは名人の勘が頼りでした。でも、今は、データをもとに機械で塩と水のバランス加減を調整することができます。機械化は手抜きではありません。おいしさは、データ化することができるのです。
今では、名人と呼ばれる人の挑戦は、原料の見極めです。難しいのが、作物。畑によっても違いますので、同じ味を保つためにはブレンドしていく必要があります。国内産の小麦は隣の畑でも味が違うということが結構あります。でも、アメリカやカナダなど広い土地の場合、味が安定しているのです。もちもち感は外国産のほうがよくて、香りをつけるには国内産を混ぜます。
塩によっても大きく変わります。おいしい麺を手打ちでも手延べでも作ろうと思うと、十分に塩を効かせないといけない。島原の素麺には4・5%、弊社では6・5%入っています。旨味を出すには低温熟成させるのですが、そのためには塩を効かせる必要があります。ただ、その塩を口に入るまでに落とす必要があり、ゆがいた後、何%の塩が残るかを計算したうえで、塩を配合します。試行錯誤して、ナトリウム、カリウム、マグネシウムを多くすることで塩を排出できるとわかりました。どの配合だと何%排出できるか計算しています。しっかり排出できる塩を使っているので安心・安全なんです。この麺が完成したのは60歳ぐらいですので、それだけ時間がかかりました。
今後は、飲食業と繋げていこうと思っています。工場直結でほかでは食べられない麺を出したいのです。若いころと違って歳を重ねると、量を食べるより美味しいものをちょっと食べたくなる。そんなニーズに合わせた店を作っていこうと思っています。