今号から妊娠・出産について書かせていただきます、東京スタッフの望月です。前号までの「楽だから自然な育児」から引き続き読んでくださっている皆さん、どうもありがとうございます!またしばらくおつき合いいただけると幸いです。
「助産院」との出会い
さて、子どもをもつ母親はみんな、自分のお産物語をもっています。そんな中でよく聞く話と同様、わたしも、妊娠・出産を通して人生が180度変わった人間です。子どもをもってから知り合った人に、かつての自分の話をすると驚かれるくらい、以前のわたしは自然とはほど遠く、仕事とお酒と乳製品と白砂糖と薬品にまみれた生活を送っていました。妊娠で生活が変わらなければ、高い確率で、一度は婦人科の手術を受け、生活習慣病の何かにかかっていたと思います。
ジャンクでハードワーキングな生活にふさわしく、わたしの身近には、妊娠・出産のことを相談できる人がいませんでした。自分なりに調べて、産後入院時のお祝い膳が豪華な(おっぱいに悪いですよね!)隣駅のきれいな産婦人科に通い始めます。当時のわたしは37歳、高年初産のうえ、大きな子宮筋腫が見つかったばかりの、リスクの高い妊婦。病院ではもちろんそれなりの扱いを受けることになります。
その扱いを不満に思うくらいに通院を重ねたころ、近所の美容院で「助産院」という単語を初めて耳にします。どういう施設かまったくわからないままに、隣の区にある助産院を訪れ、転院を決意。通っていた病院には止められましたが、多少知識のある今では、病院の対応は当然だと思います。
実際わたしは、助産院の提携病院から、陣痛がくるまで助産院での出産許可がおりないくらい、最後までぎりぎりの妊婦でした。が、自分では、安産できるし自然分娩できると信じて疑いませんでした。ただ思い込んでいただけでなく、妊娠期間中は、仕事はしてましたけど、かなりまじめに自力で産めるからだづくりに取り組みましたから、その成果を信じていたんですね。
そのかいあってか、無事、助産院でフリースタイルの自然分娩。お産のじゃまになると危ぶまれていた子宮筋腫は、第一子の分娩後は消えてなくなりました。
安産体質をつくるために
だからわたしにとってのお産は、まず第一に、自力で産めるからだをつくってなんぼ、という位置づけです。が、同時に、2人産んだ今は、親ががんばりすぎるとよくないなぁとも思っています。ママ友でもそう言う人はたくさんいますけど、初心者である母親の不安はもちろん、過剰な希望・願望も、引き受けて産まれてくる第一子には、課題があることが多いようです。ちょっといい加減なくらいがちょうどいいみたいですね。
とはいえ、今の社会は、妊娠に適した社会ではありませんから、妊婦がただのんびりしていたら、いいお産になるわけではありません。ふつうに生活してこられた方は、がんばりすぎない程度にその人の体質にふさわしい妊婦ケアを続け、安産に備えるのが理想なのだと思います。
すると、産婦人科のお医者さんだけに頼るのは心もとないです。もちろんお任せしてしまえば、何はともあれ「産ませてくれる」のですけど、病院で産むご予定の方も、一度は助産院などで助産師健診を受けてみるのがおすすめです。医療行為のできない助産院では、妊婦が自分で産むのが大前提。だから、妊娠期間中に妊婦が安産のためにできることをいろいろ教えてくれます。最近増えている、病院の助産師外来も、安産体質づくりの頼りになるはずです。
妊娠・出産はほんとうに素晴らしい経験。今の日本の出生率を考えると、大半の人にとっては一生にたった一、二度しかできない経験です。そんなにレアなんだから、妊娠しても今までどおりの生活を!なんてもったいないこと考えないで、妊婦にしかできないことを精一杯楽しんでください。妊娠は、おなかに子どもが入った面白くて幸せな期間であるばかりでなく、自分のからだに真正面から向き合うまたとない機会です。体質改善や心のデトックスもしやすいばかりか、子どもと一緒に、新しい自分も産んでしまえるチャンスなんです。
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望月 索(もちづき・さく)
5歳と2歳の2女の母。不摂生も極まった37歳で妊娠。高年出産のうえ当然のようにトラブル妊婦だったが、産婦人科の方針とソリが合わず、近所の美容院で助産院なる存在をたまたま知ったことで、自然分娩へと舵を切る。 トラブル妊婦が自然分娩できるからだを作る過程でライフスタイルは真逆に変化。気づくとハードコアな自然派お母ちゃんに。 編集、ライター、プレマの東京スタッフの1人。 |