先月号では、第10回公法系訴訟サマースクールについてご紹介しましたが、今月は、それ以前に取り上げてきた、優生保護法被害の最高裁判決の内容の紹介に戻りたいと思います。
今月、ご紹介するのは、被害者の方の国家賠償請求訴訟が認められるための最大の争点となっていた、除斥期間の適用の問題です。
除斥期間
除斥期間というのは、権利行使をしなければならない期間のことです。
一定の時の経過により請求ができなくなるという点で、時効に似ている側面がありますが、重要な点に違いがあります。具体的には、時効の場合、一定の時が経過した後、時効により利益を受ける者が、自ら「援用」する必要があります。要するに、時効の利益を受ける意思を自ら表明しなければなりません。また、裁判になれば、時効の利益を受ける者が、自ら時効の主張をする必要があります。
他方、除斥期間の場合には、「援用」の必要がなく、一定の時が経過すると、自動的に権利行使が排除されます。そして、裁判においても、当事者が主張するまでもなく、裁判所が除斥期間の規定を適用するものとされてきました(最高裁判所平成元年12月21日判決(以下、「平成元年判決」))。
令和2年に改正民法が施行されるまでは、不法行為のときから20年が経過すると損害賠償請求ができなくなると定められており、この規定は、時効ではなく除斥期間を定めたものとされてきました。
そして、優生保護法被害についての国家賠償請求においては、改正前の民法の規定が適用されます。そのため、既に被害から20年以上を経過した優生保護法被害についての国家賠償請求は、除斥期間の経過を理由に請求が排除されるとも考えられました。実際に、裁判において、国はそのような主張をしてきました。
最高裁判所の判断
この点について、最高裁判所はどのような判断を示したでしょうか。
まず、最高裁判所は、除斥期間の規定は、法律関係の速やかな確定を意図した規定であるとした一方、国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害することが明白な優生保護法による被害の問題については、法律関係を安定させることによって関係者の利益を保護すべき要請は大きく後退するとしました。
また、憲法違反である優生保護法の規定に基づき、昭和23年から平成8年までの約48年もの長期間にわたり、国家の政策として、正当な理由に基づかずに特定の障害を有する者などを差別して、重大な犠牲を求める施策を実施してきた国の責任は、極めて重大であるとしました。
他方、国が、優生保護法の規定が憲法に適合するものであると主張してきたことや、優生手術の主たる対象者が障害などを有する者であったことからすると、被害を受けた方に対し、速やかな国家賠償請求権の行使を期待することはできなかったとしました。
最高裁判所は、このような事情に照らして、除斥期間により被害者の方の請求権が消滅したとするのは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認できないとしました。
そのうえで、最高裁判所は、除斥期間に関する平成元年判決の法理につき、判例の変更をし、除斥期間の適用についても、当事者による主張を要するとしました。そして、優生保護法被害の問題につき、国が除斥期間の主張をすることは、信義則に反し、権利の濫用として許されないと結論づけました。
こうして、最高裁判所は、除斥期間の法理に関する従前の判例を変更して、被害にあった方全員の請求を認めることが可能な解釈を示したのです。