ある患者さんと話していると、その患者さんの甥が通院していた病院とは別の病院を訪れた際の話をしてくれた。その病院では、「好物はなに?」と聞かれたそうだ。そして、「鶏の唐揚げです」と返答したところ、「米を主食にして、小麦製品を控えるようにする」「肉食に偏らないように、野菜を意識的に食べる」「油脂は控えめにする」「コンビニ食が多くなりすぎないようにする」などの食事のアドバイスから、「週末に米を炊いておいて冷凍しておくと便利」などの食生活の工夫まで丁寧に教えてくれたそうだ。
この方は通院していた病院で難病の診断を受け、薬を処方され定期的に大腸鏡の検査をして経過を見ていた。この病院の対応は一般的だと思う。しかし、薬を処方するだけでは病態が改善するのが難しい場合もある。難病ならなおさらだ。しかし医者は、そういった一般的な治療を継続すること以外に、改善する方法はないと思いがちなのかもしれない。例えば、免疫の異常による腸粘膜の炎症という病態は解明できたとしても、なぜその免疫の異常が起こっているのかという根本原因はわからないままなのである。そういうときこそ、患者が身体に負担をかけるような生活を送っていないかを振り返ることは、生きることを少しでも楽にするヒントを見つけるチャンスなのではないだろうか。
医師を育てるのも患者
漢方医で眼科医だった小倉重成先生は、慢性的に血管に炎症を起こす自己免疫疾患の「ベーチェット病」によって、眼の内部に炎症が起こる「虹彩炎」や「ぶどう膜炎」の患者を丁寧に診られていた。そこでは食生活や呼吸、姿勢、鍛錬など、生活のなかでできる養生も入院治療の一環としておこなわれていたようだ。小倉先生の著書『無病息災の食べ方』には、こう記されている。「重症患者ほどその食べ方の有効、無効、有害の答えを速やかに出してくれます。特に眼の炎症性疾患はわずかの変化も捉えやすく、かつて私は失明率70%と言われたベーチェット症候群から食べ物の質と量の反応を教わりました。(省略)その結果、正しい食べ方はこうあるべき、という一つの結論を40年かかって導き出したのです。それでもなお修正の余地はあると思っています。食べるということ一つにしても、実に奥行きの深いものと改めて思う昨今です」。
そして、話は続きます。「特に眼症状の重いベーチェット患者さんがある日、『先生、ナスの油炒め食ったらまたやられちゃった』と来院したのです。この人は、油を使うたびに目が充血してかすむことに気付いたのです。私もそのときはじめて思い知らされたのです。(省略)以後、献立から一切の油を除いたことはいうまでもありません」。
なんと油脂を使ったナスの料理を食べたあとに、虹彩炎が増悪していたというのだ。私が眼科医として学んでいたとき、ベーチェット病による虹彩炎は、ベーチェット病自体を安定させることと、ステロイド剤の点眼や結膜下注射などで、炎症をコントロールすることが主だった。漢方的に捉えると、目は肝臓、胆嚢の経絡の窓口といわれている。しかし、眼科では食生活が目の炎症に影響を与えているかもしれないという発想に至ることはないだろう。たとえ難病であろうと、少しでもより良くなる方法がないのかを模索し、その患者とともに丁寧に観察し続けなければ、小倉先生が感じ得たものは見つけられないだろう。
小倉先生と患者のやりとりを通して、つくづく医師を育てるのも患者であると思う。そして、先人の経験からの教えを学び、いち医療者として、わからないことがなんなのかをわかろうとし続けること、わかったふりをしないこと、わからないことが目の前にあるときに、わかることはなんなのかを問い続ける姿勢を忘れないでいたいと思う。