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ながれるようにととのえる

身体の内なる声を味方につけて、生きる力をととのえる内科医、鍼灸をおこなう漢方医のお話

やくも診療所 院長・医師

石井恵美 (いしいえみ)

眼科医を経て内科医、鍼灸をおこなう漢方専門医。漢方や鍼灸、生活の工夫や養生で、生来持っている生きる力をととのえ、身体との内なる対話から心地よさを感じられる診療と診療所を都会のオアシスにすることを目指す。
やくも診療所/東京都港区南麻布4-13-7 4階

移ろいながらつながっていく

投稿日:

昨年、ようやく秋の気配を感じたのは、10月末ごろだった。驚いたのは、中秋の名月になるころに鳴き止んだ蝉の声。季節は着実に変化していることを、蝉に気づかされた。不安定な季節の変わり目の影響で、症状を訴えている人も多かった。例えば、お腹を下しやすくなったり、便秘がひどくなったり、咳が続いていたり、寝床に入ると咳と痰がらみ、朝方に悪化していたり、目の周囲や全身の皮膚炎が悪化していたりしている人がいた。私も声が急に出なくなって、治療と養生が必要だった。

東洋医学では、秋は肺と大腸が影響を受けやすい時期で、それらの臓器は皮膚と鼻にも関係が深いとされている。鍼灸の古典に、『素問霊枢』という書物がある。そこには季節の養生についても書かれている。そのなかに、人は夏に汗をかいたり排泄が活発になり、体内の不要物をうまく発散しきれなくなると、冷房や冷飲食を好みやすくなる。夏中、好むままの生活をしていると、夏から秋への季節の変わり目に下痢や胃腸炎になりやすいとある。さらに、夏に胸に熱がこもっていると、秋になると空咳になりやすいと書かれている。それを治さずに長引かせると、冬に重病になることもあると書かれている。夏から秋の変わり目に、マイコプラズマ肺炎や咳で苦しんでいる方が多いのを見ていると、いかに夏の養生が大切かを実感する。この書物が記されたころは、マイコプラズマ肺炎やインフルエンザウイルス、コロナウイルスなどの病原菌やウイルスは把握できていなかったはずである。しかし、季節をどのように過ごすかで、次の季節の変わり目にどんな症状が起こりやすいのかを把握し、その対処を模索し、実践されてきたことが記されている。

西洋医学では、感染症は微生物が病原体で、それが身体に影響を及ぼしているという、細菌学の開祖ルイパスツールによる考え方が根底にある。それらの考えによって対処できることが増えたことも勿論ある。しかし、この『素問霊枢』が書かれた時代の症状の本質は、自然と寄り添って生きるなかで、身体に不調和が起こっているという視点である。昨年のまるでサバイバルのような都会の夏を過ごし、新しい年の夏に向け、この視点を持ちながら、乗りきるためにできることをいまから考えてみるのもいいのではないだろうか。

これで大丈夫ということはない

患者さんのなかに、心身に良いと思うことを数週間から数ヶ月やってみて、こんなにやったのに思うような結果が出ないと、悲観的な捉え方をする方がいる。その一方で、心身の小さな変化に喜びを感じる方もいる。短い期間で効果を感じるときは、身体が少しのサポートで十分変われるときだろう。しかし、原因に気づかず長い時間をかけて表面化してきた症状は、年月をかけながら少しずつ変化するのを見守りつつ、より良くなれる方法がないかと心身と向き合いながら試行錯誤することが大切だと感じている。小さな変化を感じにくくなっている場合や、やっただけの成果がでないことはおかしいという姿勢の人を見ていると、心身が少し苦しそうに感じるのだ。

そんなときに頭に浮かぶのは、作物を作る人々だ。どんなに綿密に計画を立てても、自然を相手にしていると、暑さや多湿、台風、水不足など想定外のことが次々と起こる。これで大丈夫、完璧ということがないことは、生きているということではないだろうか。上手くいかないときも、良い結果がすぐにでるときも、落ち込んだり泣きそうになるような弱さを自覚するときも、どんな自分でも生きている日々の揺らぎのなかで、自分の心も揺らいでいいのだ。そんな自分も自分なのだと受け入れてみる。否定している自分の気持ちに気づくことが、自分を救う気がしている。良いも悪いも含めた揺らぎのなかに、命を生きている喜びがあるような気がしている。

 

- ながれるようにととのえる - 2025年1月発刊 vol.208

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