トゥン・チャンナレットさん。彼に初めて会ったのは、2010年11月のラオスの首都、ビエンチャン。昨年11月、ビエンチャンでは第1回クラスター爆弾禁止条約の締約国会議が開催されていました。地雷やクラスター爆弾の問題に取り組む日本のNGOのネットワークである、地雷廃絶日本キャンペーン(JCBL)の内海事務局長にご紹介いただいたのが最初でした。初めて会ったとき印象的だったのは、なんとも軽快でウィットに富んだ話しぶりと、車椅子に乗っているとは思えないほどの身軽な身のこなし。英語、クメール語(カンボジア語)で話をしたのを覚えていますが、彼の英語は素晴らしいものでした。
チャンナレットさんのことを思い出したのは、チャンナレットさんがアメリカ、シアトル大学で名誉博士号を授与されることになり、6月6日に行ったシアトル大学での講演の新聞記事を、たまたまネットの検索で目にしたからでした。彼は、1997年に対人地雷を全面禁止する条約の成立に貢献したことが評価されて、世界中の地雷問題に取り組むNGOのネットワークである地雷廃絶国際キャンペーン(ICBL※)がノーベル平和賞を受賞したときにも、ICBLの創設者の1人であるジョディ・ウィリアムズと一緒にICBLを代表して共同受賞しています。
彼は1982年12月、22歳の時にカンボジア-タイ国境で対人地雷を踏みました。その時、彼の奥さんは最初の子どもを妊娠していました。その時のことを彼はこのように振り返っています。「地雷の爆発後、ずたずたになった脚を見たとき、絶望だけを感じました。〝私はただ死にたかった。今自分に一体何ができるというのだ? どうやって家族を養うことができるというのだ?〟 もし他の兵士が止めなかったら、持っていた銃で自分を撃ち抜いていたでしょう。」彼の片脚は膝から上、もう片脚は膝からわずかに下から無くなりました。
現在チャンナレットさんは、車椅子を製造し、多くの地雷生存者へ提供しているJesuit Refugee ServiceというNGOで働いています。地雷事故にあってから13年以上にわたって、タイにある難民キャンプで生活し、夥しい数の人たちが同じ運命を共有しているのを目にしていました。
事故後チャンナレットさんは、カンボジアに帰ってから、首都のプノンペンへ家族と共に向かいました。農村には多くの地雷が埋まっており、多くの人々が都市を目指していました。当時のプノンペンには多くの地雷生存者たちが集まっていました。プノンペンで数ヶ月仕事を探して滞在していましたが、障害者が得ることができる仕事は、物乞いぐらいしかありません。数ヵ月後、彼はJesuit Refugee Serviceで雇われ、タイ国境の難民キャンプで、車椅子を製造する仕事を得ることができました。チャンナレットさんの正式な学歴は、小学校1年生でしかありません。全世界を回り地雷の話をし、世界中の政治家たちへ対人地雷の禁止を求める署名を届けたときに使う、彼の素晴らしい英語は、実は学校の教室の外から窓越しに授業を聞いて身につけたものです。Jesuit Refugee Serviceの難民キャンプにいたシスターが、彼の素晴らしい英語に気づき、彼自身も難民キャンプを訪問する人々を通訳するようになっていました。それが地雷廃絶国際キャンペーンの国際大使に任命されることにつながりました。
チャンナレットさんの活躍にも関わらず、カンボジアでは今年再び残虐な兵器が使用されることになりました。カンボジアとタイとの国境紛争で、今年2月タイ軍がカンボジア領で使用したのがクラスター爆弾でした。クラスター爆弾の問題は、大量にばら蒔かれる子爆弾が、多かれ少なかれ爆発せずに危険な状態で残されることにあります。地雷・不発弾撤去を進めてきたカンボジアが、クラスター爆弾の不発弾で、新たに汚染されることになりました。不発弾による残虐な事故だけでなく、安全な生活を奪われた村人たち、そして不発弾撤去にかかる費用と時間を考えると、地雷撤去、地雷被害者の支援に携わってきた一人として怒りを隠せません。
カンボジアやラオスで、地雷やクラスター爆弾の不発弾の被害者に接してきた者として、彼らの言葉を多くの人たちに伝えることも使命だと感じ、多くの地雷、不発弾被害者の思いを代弁していると思われるチャンナレットさんが、聴衆に向かってよく話す次の言葉を送ります。「あなたの心のなかに平和の花を育てなさい。平和な心が、平和な家族、コミュニティそして世界を創る平和な人間を創ります」。
江角泰(えずみ たい)
江角泰(えずみ たい)氏 NPO法人テラ・ルネッサンスのカンボジア事業担当者。 大学時代に、NGO地雷ゼロ宮崎のメンバーとして参加した「テラ・ルネッサンスのカンボジア・スタディツアー」が、テラルネッサンスとの出会い。 現在は、カンボジアにおける地雷問題に取り組む他、弊社が進めるラオス支援活動も担当中。 NPO法人テラ・ルネッサンス >> Premaラオスプロジェクト >> |