肩書を「ローフード・エヴァンジェリスト(伝達者)」と名乗っているけど、実は、ローフードの素晴らしさを皆さんに広めるのが私のミッション、なんて、さらさら思っていないのだ(ごめんなさい)。でも、いざローフードの話を始めたら止まらないし、そのことに快感を感じてもいる。私はいったい何を快いと思っているんだろう?
ローの世界を進んでいくほど思いだされる、一つの言葉がある。それは、一昨年に日本で公開された映画『チャタレイ夫人の恋人』を撮った、フランスの女性監督パスカル・フェラン氏から、来日の際直接お聞きした言葉である。
ところで、『チャタレイ夫人の恋人』がどういうお話かご存じだろうか。スキャンダラスなイメージが独り歩きして、実際に原作を読んだり映画を見たり、という方はタイトルの知名度ほど多くないのではないだろうか。主人公のイギリス女性コンスタンスは、女子にも自由闊達さを奨める父親の方針のもとで教育を受けるが、結局、地方の小貴族クリフォードと結婚し、後継ぎを求められる立場になる。ところがクリフォードは第一次世界大戦で負傷し、半身不随になって帰ってくる。自分の存在意義を見失ったコンスタンスは領地の森番の男、オリバー・メラーズと出会い、恋に落ちる……。
「落ちる」と書いたがこの表現は正確ではない。コンスタンスとオリバーは、互いを「見つけた」のだ。性的関係を結ぶことで、ふたりはより深く、自分と相手を発見していく。その結果、自分という存在に自信を深め、内側から輝きを増していく。
そのあとが面白い。コンスタンスに取り残されることになったクリフォード伯爵もまた、自分の弱さを吐き出し、自分に向き合っていく。そして、下半身不随であったはずの彼が、回復への道を歩き出してしまうのである。
「『人の解放』というのは、水に小石を落とすとできる波紋のようなものだと思うんです」。フェラン監督が静かに語った口調が忘れられない。「誰かが思い切って飛び込む。そうすると、自然と周囲にもその波が波及していく。周囲の人も変わらずにいられなくなるんです。」
この「解放」というのはローフードを食べることだけに起こせるというわけではないだろう。でも、ローフードを食べた人は、意識しなくてもこの「解放」の意味を知ってしまうことが実に多いと思う。無理せずおいしいものを食べながら、自分を楽に、健康にできる道があるということ。そういうものの存在がある日見えてきて、次の日からはその人を中心に「輪」が広がり始めること。まるで美しい鐘の音が響かせる余韻を感じるのが気持ちよいのと同じように、私にとってはその「波紋」の模様の美しさを見ていることが気持がいいのだ。そして自分もまた一つの小石であり続けたいと思うのだ。
「ただそれだけなんです。」そういったらある日、ある人にいわれたのである。「でもそれが、エヴァンジェライズ(福音を伝える)ということじゃないの?」と。
石塚 とも
石塚 とも氏 東京都生まれ、慶応大学文学部卒。大手出版社勤務を経てフリーに。2001年、品田雄吉賞を受賞し、映画評論家として活動開始。 2006年、ローフードを推奨する健康法「ナチュラル・ハイジーン」と出会い、体重10キロ減を初めとしてさまざまな心身の変革を体験。ローフードが持つ科学的、社会的、人文学的な魅力に魅せられ、研究を重ねる。書籍、講演、ブログを通じて、ローな自分と世界に起こるさまざまな変化を発信し続ける。 著書に『ローフード 私をキレイにした不思議な食べもの』など。 |