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中川信男の多事争論

「多事争論」とは……福沢諭吉の言葉。 多数に飲み込まれない少数意見の存在が、 自由に生きるための唯一の道であることを示す

プレマ株式会社 代表取締役
ジェラティエーレ

中川信男 (なかがわ のぶお)

京都市生まれ。
文書で確認できる限り400年以上続く家系の長男。
20代は山や武道、インドや東南アジア諸国で修行。
3人の介護、5人の子育てを通じ東西の自然療法に親しむも、最新科学と医学の進化も否定せず、太古の叡智と近現代の知見、技術革新のバランスの取れた融合を目指す。1999年プレマ事務所設立、現プレマ株式会社代表取締役。保守的に見えて新しいもの好きな「ずぶずぶの京都人」。

カカオの可能性

投稿日:

既報のジェラテリア東京中目黒店の力業による開店が一段落し、私は次のステージの準備を進めています。
それがゼロから自社内でおこなうチョコレート製造です。
ジェラートで使うチョコレートを選定し、実際にレシピを作っていくなかで、自分がいかにチョコレートに関する知識に乏しいかということを自覚し、徐々に勉強を進めていたわけですが、とても驚いたことが「チョコレートのプロ=ショコラティエ」と呼ばれる人たちが、なんとチョコレートそのものを製造していないという、お菓子好きの人なら当たり前のことを改めて知ったことです。
お菓子の製造について真剣に調べたことも、学んだこともなかった私にとって、この当たり前のことは衝撃的でした。
語弊があるかもしれませんが、バレンタインを迎える小学生の子どもたちが既製品のチョコレートを湯煎し、そこに好きな味やトッピングを加えて、また適温で好みの型に入れて固めるという作業。
まさかショコラティエの仕事がそういうことだとは思ったことがなかったのです。
もちろん、ショコラティエのみなさんは、厳しい修行を経て素晴らしい造形力と別素材とのハーモニーを作り出す力があるわけですが、カカオそのものからチョコレートを作ることはしないこと、また国内で菓子職人がチョコレートをゼロから作るようになったのはこの数年のうちに、ほんの数十人というレベルに留まっていることは、驚きであるとともに、私にとっては新しいチャレンジにふさわしいフィールドじゃないかと感じ始めたのです。

ことの引き金は数年前に遡り、インドネシアの熱帯雨林を守る活動をしている現地グループから、大量のカカオのサンプルが会社に届いたことがありました。
これといって引き受け手がなさそうなカカオは、野性味あふれたものでしたが、焙煎の技術はもちろん、カカオの乾燥や粉砕、寄生している菌についての知識すらまったくない私が、この善し悪しを判断することもできず、結局そのままになってしまいました。
その後、アメリカに“Bean to bar”(豆からチョコレートバーまで)という素材回帰型の少量生産運動があることを知り、当時は数カ所あった国内の“Bean to bar”でチョコレートを買ってみて食べたのですが、ざらざらで口溶けも悪く、砂糖の質も悪いので、何がおいしいのかまったくわからず、特に心が動くこともなかったのです。
そして、菓子の世界に入った私は、今まで以上にチョコレート業界の周辺を知るに至り、欧州の製菓材料として著名な大量生産型の高級チョコレートは一通り口にしてきましたが、これらは圧倒的においしいのです。
ショコラティエたちがこちらを愛用し、カカオからの製造に向かわないのも理解できそうな差です。
Bean to barであることの価値は、カカオの素性がはっきりしている以外に、いったい何かあるのかという疑問を抱えたまま、と同時に、欧米と日本のBean to barのレベル差が歴然としており、国内でもまともなチョコを出すのは外資系という現状を知れば知るほど、日本人としてもっと高いレベルを目指したいという気持ちは強くなってきたのです。

新しい学びと出会い

そして9月。
ついに欧州のある場所でカカオから作り出すチョコレートの製法を学びました。
カカオと粗製糖しか使わないのに、私が知っている国内のBean to barの味とテクスチャとはまったく違います。
何より驚いたことが、丁寧に作ったチョコレートは、数粒食べると末梢血管に血液が巡り、ぽかぽかと芯から温かくなるのです!

同じ場所にはイタリア、スペイン、ドイツの著名な人気菓子店の店主たちが来ていて一緒に学んだのですが、彼らは非常に野心的で、お菓子に対する情熱が溢れ、かつ、非常に合理的で私はすっかり感化されてしまいました。
彼らは日本のように修行何年という態度はとらず「僕はいろんなコンテストに入賞してきたけど、はっきりいってつまんないわ。
そんなことより大事なことがあるだろう」と口々にいい、ただ長くやっているより大切なこと、つまり何かの原理原則について科学的に知ることが大切であることをよく知っています。
私が全工程を体験してわかったことは、日本のBean to barにおける製造工程では味とクオリティーを高める重要なプロセスがスキップされていること、また同時にカカオ以外の材料選定とバランシング、その加工についてのバリエーションも、具体的な工程も知られていないことに気づき、ジェラートのときと同じ興奮を感じています。
プレマルシェのジェラートを試食しに来店する食のプロたちからは、私が相当な製菓キャリアをもっているように思われるようですが、私が製造をスタートしてからは2年未満でしかなく、まだ素人に毛が生えたようなものです。
しかし、製菓の素人であると同時に自然食屋である私は、素材活用とそのバランシングのプロであるという自覚がありますので、絶対的においしく、圧倒的に体によいということは外せないのです。

すでに年内にアメリカや欧州での学びのスケジュールを押さえ、またあちこちの豆の段階から丁寧に作られたチョコレート店を訪問して、自分のなかにある基準を引き上げると同時に、すでに学んだ工程のどこに、どんな自然食屋らしさ、プレマらしさが活かせるかを思量していますので、今から作ることが楽しみでなりません。
将来できあがってくる、人にもコミュニティーにもやさしい「心の薬たるチョコレート」に、ぜひご期待ください。

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カカオの可能性

- 中川信男の多事争論 - 2018年10月発刊 vol.133

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