この原稿を書いているころ、東京は少しずつ秋の気配が深まってきました。心地よい風を感じるようになってくると、気持ちも前向きになります。夏の暑い盛りには先延ばしにしてきたこと、思いつきもしなかったことをやってみようという気分になります。
プレマに入社するよりずっと前、朝から10時間以上パソコンに向かう事務職だったころ、同僚に誘われて初めてヨガに行きました。ヨガ自体も楽しかったのですが、忘れられないのは翌日の言葉であらわせないほどの爽快感でした。身体が軽く、思考が澄み渡っている感じ。「身体を整えることは、下手なポジティブシンキングより役に立つ!」としばらくの間、いろいろな人に語ってしまいました。人間は、身体の調子ひとつで随分変わるものだと実感した体験です。
先日読んだケン・リュウのSF短編集『紙の動物園』(早川書房)に、人間と身体の感覚について触れた一作がありました。食養SFとも呼ぶべきその作品の題名は「心智五行」。
科学的医療介入と遺伝子修復が当たり前の世界。宇宙の果てで遭難したヒロインは、未開(?)の星に到着します。瀕死の彼女のために、住民たちが差し出すのはまずいスープ。彼女には信じがたいことでしたが、それが彼らの治療法だったのです。彼らの「治療」を受け入れざるをえない状況のなか、彼女はいつの間にか自身が変容しているのに気づく……というストーリー。
作中でヒロインはどこまでが自分という存在なのかということに戸惑います。作中に次のような文章があります。「(中略)まだ慣れることができずにいる。自分の心だけど、自分そのものではないことに。わたしが何者なのか自信がない」
しかし、自然の移ろいに自身を投影し、五感で暮らしを味わうことをたいせつにしてきた日本に生きる私たちには、彼女が戸惑った考え方はむしろなじみ深いものかもしれません。まして、食養について学んだ人はなるほどと納得できるものかも。「わたし」がわたしの頭だけでコントロールできないということ。それは逆に、環境や食べるもの、「わたし」の外にあるさまざまな要素が、よりよいわたしを養う味方にもなるということではないか。そう考えるとなんだか愉快になってくるのです。
「心智五行」作者のケン・リュウは、中国で生まれ、アメリカで活躍する作家。詩情と知的刺激に満ちた作品を多数発表しています。時に優しく、時にあまりにも苦い、色とりどりの短編群。よろしければ、秋の夜長にぜひどうぞ。
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山本(やまもと)
2012年入社。以前は、事務が大好き。対面のお仕事には苦手意識がありました。今は、イベント開催日は、毎回ときめいているから、人間変われば変わるとわれながら思います。でも趣味は、以前と変わらず読書です。