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ながれるようにととのえる

身体の内なる声を味方につけて、生きる力をととのえる内科医、鍼灸をおこなう漢方医のお話

やくも診療所 院長・医師

石井恵美 (いしいえみ)

眼科医を経て内科医、鍼灸をおこなう漢方専門医。漢方や鍼灸、生活の工夫や養生で、生来持っている生きる力をととのえ、身体との内なる対話から心地よさを感じられる診療と診療所を都会のオアシスにすることを目指す。
やくも診療所/東京都港区南麻布4-13-7 4階

感染症をミカタにした患者さん

投稿日:

コロナ禍の社会は異様な空気感だった。なんともいえない不安感が集団意識になっていたと思う。ウイルス感染への不安や恐怖、他者への猜疑心、そして、県をまたいで移動する人が感染を拡げる恐れを危惧し、他者を見張る視線。今まで感じたことのない、まるで映画のなかにいるような日々だった。しかし、コロナ禍前の普段の生活に戻った今となっては、あのときの異様な空気感を語ることもなくなってしまった。あれは一体なんだったんだろうか。

いつも親子で来院している患者さんが、来院予定の日に発熱していたことがあった。世の中では、防護服を着て感染対策をしている医療者が、繰り返しテレビに写し出されている時期だった。その患者さんは来院を躊躇して、娘さんが1人で来院したのだ。それを聞き、私はすぐに本人に来院するように伝えた。その方は難病の持病と既往の病があって、発熱当初の状態が、いつも診ている状態とどう違うのかを、把握する必要があると感じたのだ。今思えば、この方をこのタイミングで診せてもらえたことは、患者さんのその後の見通しをつけることにおいてもとても有難かった。来院したその患者さんは、発熱があり、顔が浮腫んでぐったりしていた。しかし、身体は異物とたたかうだけの力はあると感じた。

高熱や自覚症状、脈診から治療の道筋をたて、それに準じた鍼灸治療をおこなった。その際、高熱を裏付ける経絡の炎症を脈診で確認できた。高熱が出ていても、下痢や異常な発汗、消炎鎮痛剤の乱用などがあると、高熱を裏付ける脈診がわかりにくいことがあるのだ。このように、本来自覚症状から推測できる反応と脈診が一致しない場合は、なんらかの影響で生命力が減弱している状態ともいえる。

そして、咽喉の痛みのツボを使って治療したところ、玉のような汗をかき始めた。治療に身体が反応し、汗をかいて解熱しようとする「生命力の断片」を感じることができた。本当に力尽きてしまっていると、身体は異物とたたかうときに、高熱すら出せなくなるものである。

昨今、巷で考えられているような「高熱は悪、ダメ」「自覚症状は出てはダメ」という単純なものではないと、感染症とたたかっている患者さんを診ていると学ぶことがある。

その患者さんは、3日後に抗原検査でコロナ陽性が出て、外出ができなくなり、自宅で2週間療養生活にはいった。きっと慢性的な睡眠不足と夏の疲れがあったのだと思う。それでウイルスにとって増殖しやすい宿主になっていたのだろう。ウイルスは細菌と違い、増殖するためには弱った宿主が必要なのだ。十分な睡眠と消化力をむやみに減退させない食養生、漢方薬の内服をすることで、ウイルスが増殖しにくくなり、生命力が沸々と蘇ってきた。そして、回復後の様子を見て、とても驚いた。なんと難病といわれている皮膚の病も、身体のむくみも、すっかりなくなっていたのである。十分な休息や胃腸の負担の軽減で、全身がひとまわりスッキリしていた。感染症と身体がたたかうことで、日頃くすぶっていた慢性的な炎症さえも一掃してしまったのだ。言葉にならないほどびっくりしたが、感染症はミカタにできることを、目の前で教えてくれたようだった。この回復の様子は、その後の私の取り組みに力を与えてくれた。

その後、その患者さんは、普段の生活に戻ると、皮膚の難病はじわじわと姿を現わし、むくみも出やすくなっていた。しかし、日頃の生活から生じる身体の悲鳴が、普段の自覚症状としっかり繋がっていることに、その患者さんも気づけたのではないだろうか。

あのころは感染症がミカタになるなんてことは言葉にできなかったが、今だから言葉にしたい。「感染症でもミカタにできるように、身体や心の声を聴きながら、日々の自分を地道にととのえていこう」と。

※古代中国の医学において、人体の中の気血栄衛の通り道として考え出されたもの

- ながれるようにととのえる - 2023年12月発刊 Vol.195

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