「イシイのおべんとクン」でおなじみのミートボールが、無添加調理(石井食品での製造過程においては食品添加物不使用)で作られていることをご存じでしょうか? 佃煮屋として創業し、80年以上の歴史を持つ石井食品は、時代に合わせて常に変化を重ねてきました。五代目社長・石井智康氏に、挑戦を続ける姿勢と、産地と食卓をつなぐ現在進行中の取り組みについて伺いました

健康管理法は?との問いに「睡眠が一番大事。食事や運動はストイックになり過ぎず、1週間スパンで整えることを意識している」と話す石井氏
石井食品株式会社 代表取締役社長執行役員
石井 智康(いしい ともやす)
千葉県生まれ。現アクセンチュアでのエンジニア経験、新規事業開発のフリーランスを経て、2017 年に家業である石井食品株式会社に参画。2018 年より代表取締役社長執行役員を務める。看板商品のミートボールやハンバーグを軸に、農と食卓を結ぶ「地域と旬」の食品づくりを牽引する。一児の父として、仕事と家庭を両立できる働き方を自ら体現し、現代の食と暮らしを支える組織づくりに邁進中。
▶︎石井食品株式会社 https://www.ishiifood.co.jp/
起業家マインドで
歴史に新たな価値を
—— 石井社長が少年のころ、三世代続く家業をどう見ていましたか?
子どものころは、周りから「石井食品の息子さん」という目で見られることに反発心があって、絶対に継がないと決めていたんです。もともと興味があったのは異文化や歴史で、中学生のころには文化人類学や考古学を学びたいと考えていました。いったん日本の大学に進学した後、さらに深く学ぶためにアメリカの大学へ編入しました。父も若いころにアメリカに留学をしており、「日本で遊んでいるくらいなら外へ出ろ」というスタンスだったのも後押しになりました。
—— 留学経験は、今の考え方にどのような影響を与えていますか?
一番は、サバイバル能力が身についたことです。言葉も習慣も違う環境で、「自分で切り拓く力」が格段に鍛えられました。学業では、文化人類学を学ぶなかで「当たり前を疑う視点」が身につきました。今の常識や経済システムも、歴史のなかで形づくられた一つの選択肢に過ぎない。この気づきは、今の経営判断にも直結しています。
私は議論していて「他社がこうしているので」と言われると引っかかるんです(笑)事情が変われば同じ答えになるとは限らない。業界の常識ですら、今の時代やお客様にとって本当に最善かわかりません。「本当にそのままでいいのか?」と相対的に捉え直し、自分たちにとって最適な答えを考え抜く姿勢は、この時期に培われました。
—— 卒業後にIT業界を選んだのはなぜですか?
もともと理系科目が得意だったこともあり、ものづくりに近い仕事としてソフトウェアエンジニアがマッチし、アクセンチュアに入社しました。エンジニアはさまざまな企業の内部に入りこみます。フィールドワークのように、組織ごとの文化の違いを体感できたのが非常に面白かったですね。一方で、当時は資本主義に疑問を抱いていたので、その「権化」のようなコンサルティングの現場で、高い収益を生む仕組みを知りたいという好奇心もありました。現場では、コンサルはコストを、エンジニアは質を優先させる。ときにぶつかりながらも、そこで学んだのはビジネスとしての持続性です。利益や資本の重要性を身をもって理解した期間でした。その後、ベンチャー、フリーランスを経験しました。
—— そこから、家業を継ごうと決めたのはなぜでしょうか?
フリーランス時代に、先輩たちが「社会をどう良くするか」を常に考えている姿勢に触れ、自分の今後についても考え始めました。同じころ、妻が病気になったことも大きな転機です。一緒に生活習慣を整えていくなかで、睡眠や運動以上に、食生活を変えることの難しさを痛感したんです。震災後の福島でのボランティアをきっかけに、農業や自然環境にも意識が向くようになりました。
ただ、食の分野で起業するには、設備投資のハードルが高い。そのときふと、当時で70年以上の歴史とネットワークを持ち、業界では異端といわれながら「無添加調理」を貫いている会社が目の前にあることに気づいたんです。それまで父から直接「継いでほしい」とは言われませんでしたが、入社を決めると喜んで迎えてくれました。外の世界を歩いたからこそ、石井食品が長年守り続けてきた価値を、フラットに再発見できたのだと思います。
「旬」を鍵に
産地と食卓を結ぶ
—— 入社後、最初に取り組んだのはどのようなことだったのでしょうか?
父はよく「会社は20年に一度はモデルチェンジすべきだ」と言っていました。佃煮屋として創業し、ミートボールへと主軸を移してきたように、私の代でも、新しい価値を生み出すことが求められていたんです。
そこで痛感したのが、事業承継とは「捨てる大変さ」だということです。ゼロから積み上げる起業と違い、承継では、なにかを始める前に「やめること」を決めなければならない。ただ、それは一足飛びにはできません。まずは徹底的に現場を知ろうと、全部署を回り、ホワイトボードに付箋を貼りながら「石井食品のいいところはなにか?」と社員に聞きました。私がいきなり答えを押し付けるのではなく、社員一人ひとりがなにを大切にしているのかを知りたかったんです。そのうえで最初の3年間は、売れ行きが鈍くなった商品や、ターゲットがずれてしまった広告契約などを一つずつ整理していきました。今まで続けてきたものを変えるときは痛みを伴いますが、それでも良いものは残しつつ、変えるべきものは変えなければならない。今も進行中ですが、「変化から学んでいこう」という姿勢を大切にしています。
—— そのなかで、主軸のミートボール以外に「地域と旬」シリーズを育ててこられました。
当初、社内には「自分たちの仕事はミートボールとハンバーグを売ることだ」という固定観念がありました。でも、よく考えればミートボールだって、当時の社員が「これからは洋食の時代だ」と挑戦して作った商品だったんですよね。そのベンチャー精神の延長線上にあるのが、現在取り組んでいる「地域と旬」のプロジェクトです。じつはその芽は、私が入社する前からありました。父が旅先で出合った山梨県大月市の玉ねぎを使ったハンバーグの開発や、「栗ごはん」の栗を外国産から国産に切り替える試みなど、少しずつ産地との結びつきができていたんです。決して規模は大きくありませんでしたが、地元の方々がとても喜んでくださり、お客様からも「家で作るものに近くて嬉しい」という声が届いていました。
私の役割は、父が掴んでいたその手応えを掘り下げ、言語化していくことでした。そのなかで、生産者とつながり、その土地の旬を届けることは、食の本質に近いと感じました。大量生産・大量消費のひずみが見えている今だからこそ、私たちの次の役割として、新しい提案ができるのではないかと考えたんです。たとえば、「地域と旬」のハンバーグのパッケージには、素材の写真を大きく使っています。どの食材を載せるかは、生産者と話し合いながら進めてきました。また、通販のお客様向けに、土に触れ、作物の背景を知っていただく生産地ツアーも開催しています。さまざまな企画を通して、最近では社内でも「私たちは生産者とともに成長する会社なんだ」というコンセンサスが浸透してきたように思います。
—— 現代の食卓が抱える課題をどう捉えていますか。
本質的な課題は、「産地(土)」と「食卓」が離れすぎてしまったことだと思います。安心しておいしいものを食べたいという願いに対する究極の答えは、畑の隣に住んで、収穫したての野菜を食べること。でも、都市の生活では難しいですよね。流通の都合上、野菜や果物は未熟なまま収穫され、食卓に届くまでにどうしても数日かかります。でも、もし本当に採れたての新鮮な野菜を口にできたら、野菜嫌いのお子さんも「おいしい!」と食べてくれるかもしれない。その本来の姿に近いおいしさを、加工の技術でどう届けられるかに挑戦しています。
もうひとつは、効率化が進む一方で、食事から季節を感じる機会が減っていることです。私は全国の生産地を訪れるたびに、それぞれの土地に素晴らしい食材があり、それを作る人がいるということをつくづく感じます。なにより、旬のものは理屈抜きにおいしい。お客様には「地域と旬」の商品を通じて、便利でありながら、「季節を味わう体験」を食卓に届けたい。その結果として、作り手には正当な利益が還り、地域の農業が持続していくこと。食べる人と作る人の両方が無理なく豊かになれる好循環をつくることが、私たちのめざすビジネスのあり方です。

冬に旬を迎える滋賀県「東近江キャベツ」の農家さんと
「安全」「おいしい」で
子育てを応援する
—— ご自身の子育ての実感が事業に活かされることはありますか?
はい。日々、自社商品のありがたさを感じています(笑)たとえば「とりそぼろ」は、子どもに白いごはんを食べさせたいときの、わが家のキラーコンテンツ。働きながら子育てをしていると、どうしても手が回らない瞬間がありますよね。そんなとき、食の面で少しでも支えになれるのが、私たちの商品の役割だと思っています。
日本には「お弁当は手作りでなければ」という意識が根強くあります。手抜きかもしれないけど、私たちの商品は家庭にある調味料だけで、原材料のトレーサビリティを重視して作っています。調理時間が少し減る分、子どもと触れ合う時間が増える。親御さんの心にゆとりが生まれ、子どもは喜んで食べてくれる。それならだれも損をしないと思うんですよね。半分冗談ですが、保育園で「お母さんの料理でなにが好き?」と聞かれて、子どもが「ミートボールです」と答え、お母さんが「それはお母さんじゃなくて石井くんだよ」と返すネタがあるんですけど。「そんなにがんばらなくていいと思えた」という声をよくいただきます。
人が食に強い関心を持つようになるきっかけは、大きく二つあると思っています。自分や大切なだれかが病気になったとき、そして子どもを持ったときです。人生の延長線上には、介護や、被災することもあるかもしれない。その人生の大事なときに、そっと寄り添える存在でありたいですね。
—— ミートボールは無添加調理に加えて、食物アレルギーの配慮やオーガニック原料への転換など常に進化しています。どんな形をめざしていますか?
理想をいえば、メインの原材料をすべてオーガニックにしたいです。ただ現実には、日本の有機農業の割合は非常に低く、安定的な調達にはまだ課題があります。今はさらに産地とのつながりを深め、加工品の枠を超えて、産地を身近に感じられる商品を増やしていくことに注力しています。しかしこうした取り組みは、私たち一社だけで実現できるものではありません。「無添加調理」も取引先の方々の協力があってこそ続けてこられました。そこで最近は、企業の垣根を超えて、食品添加物に頼らないものづくりをめざす取り組みとして「スラッシュゼロラボ(食品表示の原材料名に『/』以降(食品添加物)がないこと)」のプロジェクトを始めました。事業を通してさまざまな企業や人を巻き込み、みなさんの食生活をより良いものにすることこそ、本来の目的だと考えています。
—— 最後に、石井社長が想う「本当のおいしさ」とは、どんなものですか?
言葉にするのは難しいですが……味そのものだけでなく、一緒にいる人やその場の雰囲気、食べ物の背景まで含めたものではないでしょうか。食べ物には栄養素以上の「エネルギー」があると思います。自分の身体の一部になり、生きる力になるもの。それを大切な家族や友達と囲む食卓で得られるのであればとても幸せで、そんなときに「本当においしい」と感じられるのかもしれません。
これからも、子どもがその純粋な感性で「おいしい」といってくれること。そのために、嘘のない、高品質の食を届け続けていきたいです。その積み重ねが、持続可能な社会につながる確かな一歩になると信じています。
