先月号に書いた交通事故からの十数年は、声楽の道を拓く下積み期間でしたが、同時に数々の大事な「ある事」 をすっかり忘れてしまっていた時期でもありました。
その「ある事」や自身の出産体験、赤ちゃんとの音楽コミュニケーションについてのお話をします。
突然ですが、赤ちゃんは、お母さんのお腹の中で、音が聞こえていて反応して覚えているという事実を、みなさんはご存じでしょうか。
私も自身の子どもを産むまでは実感も確証も無かったことです。
その確証となった第一歩は、9・11の年の夏の猛暑、微弱陣痛と出血多量(陣痛促進剤使用)の生死の境をさまよった3日に渡る長男の出産でした。
息子は要観察となり、丸一日、保育器に入れられました。
ようやく私の個室に戻されたときには、本人もなにやらきょとんとして、新米ママの私もどうしてよいかわからず、おむつ替えでてんてこ舞いしていました。
息子と歌でつながる
しばらくすると、お腹が空いたのか、息子はヤンヤン泣き出しました。
授乳を試みるも上手くあげられず、困った私は「赤ん坊には子守唄だ」と日本の子守唄を歌いました。
けれど息子はひたすら泣くだけです。
赤ちゃんは子守唄を歌ったら泣き止むものと思っていた勝手な理想は脆くも崩れ、「ええい、ままよ!」といつものオペラアリアを歌い出しました。
するとどうでしょう。
最初の1フレーズ目で息子はピタリと泣くのを止め、こちらに顔を向け澄んだ様相で聴いています!
ああこの子は覚えている、私が歌っていた曲を耳にして私を母と認識している、と感じた私は、試しに妊娠中に歌ったことのないアリアを歌ってみました。
すると、また泣きます。
それならと、彼が知っているであろう曲を再び歌うと、目を見張って泣き止みました。
一連のことを繰り返すうちに、私は大切な数々の「ある事」を思い出していったのです。
それは、ピアノを弾き始めると音を聞きつけた野鳥たちが部屋の換気扇に寄ってきて、鳥たちと毎日音楽でやりとりしていたこと。
お隣の障害のあるお兄ちゃんが、おばちゃんに酷く叱られているのが聞こえるのでピアノで緩和しようと弾いてたこと。
大好きな小学校の音楽の先生がお昼休みに音楽室のグランドピアノの下に寝転がり、気持ちよさそうに私の演奏を味わっていたこと。
それらの記憶が、「音は振動であり、人を深く呼吸させる力がある」ということを私に思い出させたのでした。
親も子も感性溢れる音の世界で交流できたら、子育ても、より楽しめるかもしれないと思い、その後、家族で横になって聴く(感じる)「親子ごろ寝コンサート」という演奏会を編み出しました。
県立公園の木造の建物で月1回のペースで開催すると、瞬く間に数ヶ月先までキャンセル待ちの大人気ユニットとなりました。
その演奏では、開発した発声の道具「i-ROLL」に乗り、さまざまな曲を弾いたり歌ったりしました。
私自身が体験したことを演奏を通して感じていただき、さらに「自分でもそんな歌を歌ってみたい」というみなさんの声から生まれた「i-ROLL」を使った発声メソッドは、自己調律を目的としており、全身で呼吸、発声しながら脳の活性やコミュニケーション向上にも役立つ画期的な方法です。
i-ROLLに乗ると徐々に自然と体が覚えていってくれるのです。
演奏会では上の子とお腹の中の子の曲の変化の反応がまったく同じで驚いたとか、自身も穏やかになり子育てが変化した……と数々の声が寄せられました。
あなたも、ぜひ体験してみませんか?