オリーブの木を初めて見たのは、南イタリアに向かう電車の中。車窓を眺めていると視野に広大な果樹らしき畑が広がっており、よく見ると枝にびっしり実がついています。緑色のまるまるした実は、オリーブでした。オリーブの実がしたたる枝が、窓にくっつきそうなほどすれすれに電車は走り、私は驚くとともに、どういうわけか涙があふれて止まらなくなりました。私のオリーブとの関わりが、その瞬間から始まったといってもいいかもしれません。到着した先は南イタリア・プーリア州の小さな農家民宿でした。料理修業をするためです。
オリーブオイルは食べなくていい
オリーブオイルと初めて出会ったのは30年以上前。車窓からオリーブを見たときより、さらに15年ほど遡ります。イタリア料理店のアルバイトで食べた賄に使われていたのがオリーブオイルだったのです。初めてオリーブオイルで料理されたものを食べ、その独特な味と脂っぽさ、風味になじめず、「オリーブオイルは食べなくていい」と思いました。
時は流れ、イタリア料理ブームが起こりオリーブオイルは日本に浸透していき、私は「もう食べなくていい」と思ったにも関わらず、流行にのり今度は瓶に入ったオリーブオイルを求めて使うようになります。これも、なんともはや。あの賄ほどの違和感はありませんでしたが、このオイルのどこがいいのか、なぜイタリア料理にはオリーブオイルを使わなければならないのかが全くわかりませんでした。そして、イタリアの農家民宿に向かう車窓へとつながります。
初めの出会いから15年。私はたまたまオリーブの国にやって来ました。そして、その国の料理に興味を持ち、この民宿に辿り着きましたが、オリーブオイルのことなど全く頭にはありませんでした。料理を学びたい!イタリアのおいしい野菜の料理、家庭料理が学びたい!と、農家民宿での料理修業を選び、運よく一軒の農家に入ることができました。そこが、たまたまオリーブ農家だったのです。
本物との出会い
クチーナ(台所)で奥さんのニーナさんの料理の手伝いをしながら、初めて本場イタリアの家庭料理を見ました。すると、どの料理にも黒い液体をドクドクと入れるニーナさん。いったい何を入れているのだろうと思ったら、オリーブオイルというではありませんか。私は、ぞっとすると同時に、とんでもないところに来てしまったと後悔しました。なんでよりによってオリーブの農家に来てしまったんだろうと。イタリアンカラーの赤や緑の鮮やかでおいしそうな野菜がたっぷり並ぶなか、信じられない量のオリーブオイルを、どの鍋にも注ぐのです。
農家民宿は、基本的にゲストと農家の家族が一緒にテーブルを囲んで食事をします。初めての一皿はレンズ豆と野菜のスープ。今でも忘れられません。手伝ったので作る工程をすべて見ましたが、ブイヨンなどは全く入れない野菜と豆と水を入れただけのもの。しかしオリーブオイルはかなりの量入っています。そのシャバシャバのスープを食べるとおいしい。しかも、びっくりするほどおいしい!料理の経験はそれなりにありましたが、その経験値をひっくり返しても「あの材料で、なぜこの味なんだろう?」と全く理解できませんでした。なにしろシャバシャバの野菜と豆だけ。そこにブイヨンではなく水を入れただけなんですから!
こうして私はオリーブオイルの魅力にどっぷりとはまっていきます。スープの美味しさの秘密は、もちろん、オリーブオイルの力だったのです。
「オリーブオイルは食用オイル」。日本人としての経験値だけだった私が、イタリアという異国の文化の違いを実感した瞬間でもありました。こうしてオリーブオイルと共にする人生が始まりました。
アサクラ 代表
朝倉 玲子
(あさくら れいこ)
一般企業、有機農業に携わった後、イタリアに滞在し有機農家民宿やミシュラン三ツ星レストランにて料理修業。オリーブオイル鑑定技能講座で学び、オリーブオイルの素晴らしさに開眼。本物のシングルエステートを探し、エキストラバージン・オルチョサンニータと出会い、故郷会津若松に戻り輸入開始。オリーブオイルの良さと使い方を伝えている。
http://www.orcio.jp