令和元年五月九日、金魚が死んだ。
夏祭りの金魚すくいで手に入れた、オレンジ色の金魚。あれはいつだったろうとスマホの画像を探ると、三年前らしかった。三歳の娘が珍しそうに金魚を覗き込んでいる。金魚を飼うのは気が進まなかったが、娘にねだられ仕方なく持ち帰ることにしたのだった。
正直なところ、すぐに死ぬだろうと思っていた。案の定、十匹ほどいた金魚は次々に死んだが、オレンジ色の金魚が二匹だけ残った。あれから三年、一匹が死に、一匹だけが残った。
金魚の異変に気づいたのは私だった。ぐにゃりと体を曲げ、腹を上にしたまま弱々しく呼吸している。表情ひとつ変えずに。その奇異な姿に一瞬ぎょっとした。人一倍こわがりな娘に、これは見せられない。……いや、でも。中川の言葉が頭をよぎった※。死を隠してはならない。
「金魚の元気がないみたい」そう言って水槽を見せると、娘はわかりやすく後ずさりし、小さな声で「こわい」と言った。「こわくないよ。でもきっと、もうすぐ死んじゃうと思う」
ところが、死はすぐには訪れなかった。苦しそう。見ていられない。早く楽にしてあげたいと思った。娘は不安をかき消すように、できるたけ無邪気に「金魚死んだ??」と何度も私に聞いた。
数日後の朝、金魚は死んでいた。昨日までわずかに揺れていた尾ひれは、ただ水の揺れに身を任すようにゆらゆらとしていた。やっと楽になれたんだ。私は死骸をそっと手ですくい、ティッシュにくるんだ。「死んじゃった。あとで埋めてあげようね」。娘は緊張した面持ちで、丸まったティッシュにちらりと目をやり、「うん」と言った。
お墓は、三年前に仲間を埋めたのと同じ場所にした。小さな穴を掘り、ティッシュを開くと、金魚がボトッとこぼれ落ちた。まるで投げすてられたみたいに、ぶっきらぼうに土の上に横たわる金魚。嘘みたいに動かない。やけにギラギラとしていた。私は慌てて「土をかけてあげようね」と明るく言い、娘もまた「誰かに踏まれないようにしないとね」と明るく言って、ポンポンと土をなでた。
あれから数日。娘は「金魚が生き返ったらどうする? マンションのエレベーターを昇って、玄関あけて、帰ってきたら……!」と言ったかと思うと、焼き網にのせられたシシャモをじっと見て「金魚みたい」と呟いた。今日は大好きなしらすが食べられなかった。金魚の死は、想像以上に強烈な印象を残したらしい。センシティブ。小さな心で必死に死と向かい合っている。彼女はこの死をどう受け入れていくのか。責任をもって見守ろうと思う。
※本誌2019年4月号 P3~6 弊社代表取締役 中川信男インタビュー「どう生きるかは死への意識から始まる」参照
制作部
矢田 香織(やた かおり)
大阪大学人間科学部卒。グラフィックデザイナー。出産を機にフリーランスになるも、乳幼児を抱え自宅にこもることに疲弊し体調を崩す。気分転換に外で働こうと出会ったのがプレマ。『らくなちゅらる通信』のデザインを手がける。