弊社は創業から27年目を迎えました。インドから帰国後、経営のイロハも知らず、ただ自らの生業として、お天道様に恥ずかしくないことだけをやろうと決めて走り続けてきました。その「恥ずかしくない」の基準には、いろいろな表現方法があります。会社としては「愛する人に胸を張って与えられるもの」という言い方をしてきましたが、私個人として考えてきたこととは、少しだけニュアンスが違います。正確には、例えば見かけは美しいものの、蓋を開ければ食べた人に害を及ぼすような色素や甘味料を平然と使い、高値で販売する行為は、私にはとても恥ずかしいことなのです。つまり、写真映えするだけのものでお金を稼ごうとすることは、私にとってはお天道様に顔向けできない行為だという基準になっています。しかし、これは私がなにを恥ずかしいと思っているのかという一つの例に過ぎず、それが正しいからといって世間に押しつけようとしているわけではありません。そんな「らくに」「ナチュラルに」というゆるやかさのなかに、生き物が喜ぶなにかが生まれ出ることを願って、本誌を名付けました。つまり、一方的で独善的な「正しさ」から距離を置くという宣言でもあったのです。しかし残念ながら、本誌の18年にわたる歴史のなかで、連載をお願いした筆者のなかにも、正しさを振りかざして異論を排除しようとした方がいたこともありました。さらに、提供された情報に根拠がなく、フェイクに基づいていた事例もありました。この点については、善良な読者の皆さまにお詫び申し上げます。
私の勘違い
先日、弊社のチームの一つがデパートの催事に出ることになり、大阪の催事売り場に立っていました。そこへ、あるお得意様(Aさんとします)が偶然通りかかられました。事前に出店のご案内をしていたわけではなく、かれこれAさんとは3年ほどお会いしていませんでしたので、立ち話も自然と弾みました。私は現在、SNSをほとんど見なくなっています。その理由は、この数年の「正しさ」の主張の応酬と、正しさを表現すればするほど浮き出てくる「間違っている敵」を罵倒するムードに、心が疲弊してしまったからです。善良な知り合いの投稿に混ざって表示される、ごく一部の、根も葉もない情報を根拠に考え方の違う人を糾弾したり、ヘイトを煽ったりする投稿が、私の心に大きなダメージを与えるようになり、私のほうから距離を置くことにしたのです。たまに連絡が来ていないか確認するためにSNSを開いた際、正しさを武器にしている方とAさんが並んで写真に写っているのを見て、もう別の世界に行ってしまわれたのだろうかと、私は勝手に推察していました。しかしお話を伺うと、Aさんはそうした方々の仕事を手伝われることがあるようで、その才能を「正しさ病」の方に利用されている側であること、さらには許可もないままSNSに名前や写真が使われていることがわかりました。「正しさ病」に冒されてしまうと、自分は正しいことを主張しているという前提が生じるため、周囲の人を実名で利用することにも、実名で非難することにも、一切の躊躇や振り返りがなくなってしまうのです。そのような状況にAさんが置かれていることまで想像できなかった私は、自分の認識を反省するとともに、Aさんには「そのような方とは、うまく距離を取って早めに離れたほうがいいですよ。いつAさんも敵にされるかわかりませんから」とお伝えしました。
私の真意
弊社ではさまざまな事業を展開していますが、そのうちの一つが飲食店の経営です。そのなかに、私の考えを色濃く反映した、フルでお食事をしていただける店舗があります。着席して食事をしていただく空間であるため、テーブル上には読み物をご用意しています。そのなかに、私が「恥ずかしくない」飲食店のあり方として掲げている内容がありますので、一部を抜粋します。
Beyond Food Barrier® とは
「人種、国籍、宗教、文化、思想、嗜好、健康上の理由から食べものに制限がある状態」を、世界で初めてフードバリア®と定義し、それを乗り越えていく京都からの試みです。よって当店は、ヴィーガン専門、ハラール専門といった単一志向ではなく、「異なる食志向の人が一堂に会し、笑顔で食事ができること」を最大の目的として経営しています。食の選択は、他の食の選択を非難するためにあるのではなく、お互いの多様性を認め合うことこそが、世界平和の小さな種となり得ると信じているからです。
食の選択というテーマについての短い文章ではありますが、私は食に限らず、世界はこのようにあってほしいと考えています。つまり、正しさを振りかざして非難することよりも前に、お互いを認め合い、笑顔で対面すること、とりわけ食事の席を共にすることができれば、世界はもっと良い場所になるはずだと思うのです。論破することが正義であり、頭の良さの証のようにもてはやされ、ディベートという言葉も、言い負かした側が勝ちであるかのように捉えられがちですが、実際にはそうではありません。立場や考えの異なる人の多角的な視点を持たない限り、本当の意味で客観的で論理的であり、第三者を真に納得させることはできないのです。
私たちは、ゆるやかさとしなやかさを失わないこと、多様性を尊重することを大切にしながら、これからも皆さまの心身の豊かさに貢献していきたいと念じています。
