大きな目標が無いブータン人?
日本では「夢をもって、それを達成させるために努力しましょう」と教わります。人一倍努力して、大きな成功を収めることが善という傾向にあるようです。
ブータンの人たちに「将来の夢」は何かと聞いてみると、その答えは驚くほどシンプルです。「生きていられるだけで幸せなので夢はありません」「ビジネスで成功して、稼いだお金は貧しい人々を助けるために使いたい」。
ブータンの人々が信じる仏教の教えでは、そもそも欲を持つこと自体が良くないことと捉えられているため「夢」も質素。「少欲知足」すなわち「少欲にして足るを知る」とは、仏教の経典『涅槃経』に書かれている教えです。いちど欲望を持ち始めると、そこには際限がなく、目標を達成しても、どんどん次の欲が芽生えてきて、いつまでたっても満足することがない。
そもそも欲を持っていなければ、欲が満たされずに不幸な気持ちになることもないので、常に幸せでいられる。大きな目標を持つ=欲深い、と結びつけられるため、ブータンの人々に将来の夢を聞いても、質素な答えしか返ってこないのです。
充足心と向上心の狭間で
私自身はというと、小さいころから世界の貧困問題や地球環境の問題に関心があり、それらを解決すべく国際的に活躍する女性になりたい、という大きな夢を持ってきました。夢の実現に向けて努力する過程で、ブータンそしてGNHという概念に出会い、そこに地球規模の諸問題を解決するヒントがあると信じ、ブータンで活動をして5年。「向上心」が強い私は、少欲知足、すなわち「充足心」が強いタイプのブータンの人々に対して、「もっと大きな夢や目標を持てばいいのに!」とやきもきしてしまうことが、実はあります。
持続可能な社会を実現していくためには、充足心はとても重要だけれど、個人の成長を考えた場合、向上心がないと人生もつまらなくなってしまう。充足心と向上心のバランスをとるのはとても難しいと、日々痛感しています。 特に大きな夢も無く、毎日ただ生きていることに満足し、「明日死んでもいい」と思いながら暮らしているブータン人と、大きな目標や夢に向かって毎日必死に努力を重ね、「1日でも長く生きたい」と思いながら暮らしている日本人。虫の視点で仰視すると、ブータン人の方が日々の一瞬一瞬を幸せに暮らせているようでもあるので、正直悔しい気持ちになります。
でも、鳥の視点で俯瞰すると、ただ日々を平坦に生きていたのでは、進歩もイノベーションもないし、大きな目標を達成したときの深い喜びも得られない。そんな人生、世の中はつまらない!と声高に叫びたくなるのです。
結局のところ、将来の夢にしても、それを達成したときの満足感にしても、自分自身がどう納得するかであり、正しいという答えは無いのだと思います。「5年後、10年後、30年後の自分はどうありたいのか」を明確にイメージし、その「夢」に向かって頑張り、達成できたときの喜びをかみしめる。それこそが「生きがい」と感じる私は、どんなにブータンのことが好きで、GNHに賛同しても、やはり彼らと同じにはなれないと思ってしまうのです。
国際事業部 ブータン駐在員
松尾 茜(まつお あかね)
東京の大手旅行会社に5年間勤務した後、2012年よりブータン王国の首都ティンプー在住。ブータンの持続可能な観光開発事業に携わっている。地域固有の自然や文化、昔ながらの人々の生活を守りながら、ゆるやかに交流人口を増やし、地域経済を、訪れた人の心身を、着実に豊かにしていくような観光を、世界各地で促進していくことがライフワーク。