強みなんて意識しない
私たちが現代社会で生きていくためには、いつも自分の「強み」や組織の「強み」を意識し、それを伸ばして成長していくことが求められています。集団生活のなかで自然と、自分と他人とを比較し、自分がいかに他人と比較して優れているのか、強いのか、ということを、否が応でも主張せざるを得ない社会の「しくみ」になっているといえるのではないでしょうか。「負け組」や「勝ち組」、また「格差社会」といった概念も、今の日本では一般的になりました。
ブータンの人たちに「強み」を聞いてみると、まず、「そもそも“強み”ってなに?」と聞かれます。人間として生まれ、ブータンという平和な国で、家族や地域の仲間たちと共に暮らすことができる、それだけで幸福感に満たされている人たちにとって、そもそも人生の中で、自分の「強み」なんて意識する必要がないのでしょう。日々、競争にさらされざるを得ない私たちにとっては、なんとも卓越した、羨ましくもある価値観のなかで、ブータンの人たちは暮らしているのです。
私から見たブータンの強み
ただ、少し視野を広げて私のように外国人からの目線で眺めてみると、そもそも、ブータンの人々がこのような世界観のもと、平和な独立国のなかで暮らしていくために、国を動かす立場のブータン人は、驚くほど明確に、自国の「強み」を意識しているように見えます。インドと中国という、世界の二大大国に挟まれた、人口たった75万人程度の小国は、「GNH(国民総幸福量)」や「幸せ」といったキーワードで巧みに自国をPRし、アイデンティティーを確立すると共に、国際社会からの支援を得て生き延びているのです。つい最近(2017年8月)も、インド・中国・ブータンとの間で緩衝地帯となっている領土をめぐり、インド軍と中国軍が一触即発となる事態が発生しました。ブータンは、政治・経済的にインドとの結びつきが強いものの、このような小国が、二大大国の政治に真正面から口を挟むことは到底できません。そこでブータンがとった行動とは……アメリカのニューヨーク・タイムズ誌の一面に、美しいブータンの渓谷の写真とGNHの文字を躍らせ「インドと中国の間で潰されそうになりながら、必死に息絶えるブータン」と国際社会からの同情を募ると同時に、美しい景観とのどかな人々を写真で魅せ、ブータンが平和であることをアピールし、観光PRに結びつけたのです。 自身の置かれた立場が明確であるからこそ、あえて強みを意識することもなく、前向きなしたたかさをもって生きる。小国の芯を強く持っていることこそが、ブータンという国の強みであると、私には思えてなりません。
国際事業部 ブータン駐在員
松尾 茜(まつお あかね)
東京の大手旅行会社に5年間勤務した後、2012年よりブータン王国の首都ティンプー在住。ブータンの持続可能な観光開発事業に携わっている。地域固有の自然や文化、昔ながらの人々の生活を守りながら、ゆるやかに交流人口を増やし、地域経済を、訪れた人の心身を、着実に豊かにしていくような観光を、世界各地で促進していくことがライフワーク。