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インタビュー取材しました。

農村の営みを次世代へつなぐ 農業生産法人 有限会社王隠堂農園 加工事業部 和田 尚久 氏 インタビュー

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奈良県の「奥大和」と呼ばれる山あいの地は、柿と梅の名産地です。ここで半世紀以上にわたり、豊かな土壌を守りながら安心・安全な農作物や加工品を作り続けてきた、有限会社王隠堂農園。加工事業部の和田尚久さんに、ものづくりで大切にしていることや、生産と消費をつなぐ取り組みについて伺いました。

子どもたちに「本物」の味を知ってもらうことも活動の原動力。「添加物は否定しませんが、食べ続けると飽きてしまう。両方知っていれば、あとは自分で選べますから」と和田さん

農業生産法人 有限会社王隠堂農園
加工事業部
和田 尚久(わだ なおひさ)

奈良県五條市生まれ。高校卒業後、京都での会社員生活を経て、ふるさとの魅力を再発見し U ターンする。1999 年、王隠堂農園に入社。生産現場を経験したのち、現在は加工事業部にて生産者と販売先をつなぐ調整役を担う。組織の要として商品開発から製造、販売まで多岐にわたる業務に携わり、持続可能な食と地域づくりを伝えている。
▶︎公式サイト https://www.noyusha1338.com/

奥大和から安心と
おいしさを届けたい

——王隠堂農園さんは、奈良県南西部の「奥大和」に拠点を置いていらっしゃいますね。和田さんはここで生まれ育ったとか。

高校卒業までここで育ちました。奥大和は日本一の柿の産地で、子どものころの記憶としては、周りは柿の木ばかり。周りからも「ここは柿しかないわ」なんて言われていて、若いころは都会への憧れが強かったんです。卒業後は京都に出て、会社員になりました。

——地元に帰って農業に携わろうと思ったきっかけはなんですか?

当時の仕事は転勤があったので、どこか腰を据えられない感覚がありました。5年ほど勤めて、これからの人生設計を考えたとき、「戻ろうかな」という思いがわいてきました。地元に帰るなら、やはり第一産業の一択。そのとき、しっかり想いを込めて生産から加工まで自分たちで手がけている王隠堂農園が目に留まりました。どこにでもある柿を売るよりも、背景や想いをしっかり伝えられる柿を売る仕事がしたい。そう考えて入社を決めたんです。当初はまだ若かったですし、会社の理念をそれほど深く理解できていたわけではありませんが、月日を重ねるうちに「これは本当に誇りを持てる柿だな」と実感していきました。

——「王隠堂」という名前は、創業者である王隠堂誠海さんの苗字からきているのですね。どんな経緯で今に至っているのでしょうか?

今から52年ほど前、王隠堂は梅や柿を栽培する、地域のなかでは比較的大きな農家でした。当時は高度経済成長期で、農業でもいかに収量を増やすかが重視されていた時代。化学肥料や農薬を使うのが当たり前で、ベトナム戦争で使われた枯葉剤を除草剤として使いなさいという国の指針もあったぐらいです。四日市ぜんそくや水俣病などの公害も深刻でしたしね。

きっかけは、王隠堂の母親が農薬の影響で体調を崩したことで、「いちばん被害を受けるのは、毎日農薬を扱う生産者ではないか」という危機感を抱いたのだそうです。「農家が安心して作れて、消費者も安心して食べられるものを届けたい」という一心で、有志を募り、できるだけ農薬に頼らない栽培に挑戦し始めました。そのころ、消費者の間でも食の安全を求める動きが広がっていて、王隠堂が農産物を車に積んで大阪に行商に行った際、そうした消費者の方たちと出会ったようです。当時は、生産したものは農協へ出荷するのが当たり前でしたが、王隠堂は最初から「産直」にこだわり、自分たちで消費者へ届ける道を選んだ。その後、生活協同組合などとのつながりができて、需要の高まりとともに生産者の仲間を増やしていきました。
現在は法人化し、グループ会社も含めて紀伊半島全体をカバーするネットワークになりましたが、「安心して食べられるものを自分たちで届ける」という創業時の理念はずっと変わらないですね。

——和田さんは、入社してどんなお仕事をされたんですか?

最初は現場に出て、畑の手入れから梅や柿の収穫、加工、出荷まですべてです。生産のことを知ってこそ、お客さんにその価値を伝えられますから。

——大変でした?

もう「大変」のひと言です(笑)自然相手ですし、うちでは生産から流通まで一貫してやっていることもあり、人の3倍働くのが当たり前で。その後、加工食品の部門に移りました。

変わらない強さと
変えていく柔軟さ

——梅や柿、野菜など、作物づくりで大切にしていることはなんですか?

この地域では、古くから大和当帰や葛といった漢方薬の原料になる植物が栽培されていました。梅が広がったのは明治以降ですが、もともと身体にいいものを育てるという文化が根付いている土地なんです。栽培の面では、梅や柿はどちらも一年一作。裏作ができるので、天災などによるリスクを分散できます。梅は、南高や小梅など多品種を栽培するなかで、奈良の在来品種「林州」も栽培しています。林州は果肉がやわらかく、種が小さいので梅干しには最適ですが、デリケートなので青果として県外への出荷には向きません。効率だけを考えれば、農協さんの言うように「切ってしまおう」ということになるのでしょうが、私たちはあえて残すことを選んでいます。工芸などと同じように、地域に受け継がれてきた文化や技術は、一度途切れると復活させるのは難しいですからね。

——加工品では、素材そのものを生かして作っていらっしゃいます。

そうですね。たとえば梅干しですが、私が入社したころは、甘味料や保存料などを加えた「調味梅干し」が市場をほぼ独占していました。そのなかで、私たちは紫蘇と塩だけで漬けた無添加の梅干しだけをお届けしてきました。調味漬けにすると、梅が本来持つクエン酸などの機能性や風味を損ねてしまいます。製法も昔ながらで、塩漬けした梅を一度取り出して干してから、また紫蘇に漬け込む。効率のために干す工程が省略されることが多いのですが、私たちは自然の色合いや味わいを引き出すためには妥協しません。梅エキスも、梅酢をイオン交換膜に通して作るのではなく、果汁をじっくり煮詰めて作っています。

——人気商品のフリーズドライの味噌汁などは、どのように開発していますか?

2002年に、最初はカット野菜の販売を始めました。時代の流れとともに共働き世帯や独身世代が増え、「時短」「簡便」のニーズが高まってきたんです。かたや生産現場では、豊作による余剰や規格外品の廃棄で、食品ロスの問題に直面していました。さらに、震災後は「防災食」のニーズも出てきたため、2018年に「株式会社ポタジエ」という会社を立ち上げ、フリーズドライの商品開発を始めました。ただ、商品化までにはかなり時間がかかりました。味噌汁やスープは、切ったり干したりすればよいわけではなく、調理が必要だったからです。フリーズドライに向く原料選びや味付けなど、ノウハウを会得するのに苦労しましたね。初めの数年間は鳴かず飛ばずの状態でしたが、おかげさまで今ではたくさんお求めいただいてます。「あともう1品」というときにすぐに作れますし、普段の食卓にはなじみのない「赤だし」や「揚げなすの味噌汁」なども手軽に楽しめるのがいいというお声をよくいただきます。
原料は、味噌の大豆など二次原料まですべて国産です。フリーズドライのいいところは、素材が持つ栄養や色、味わいをそのまま残せること。今はスープの開発も進めています。

——生産者さんや販売先との関係づくりについてはどんなお考えですか?

農産物を作ることはもちろん、生産者と消費者の間をしっかりつなぐことまでが大切な役割だと考えています。私たちの仕組みは、規格外の作物も含めてすべてを契約し、加工によって価値を生み出すこと。その「捨てない」という姿勢を評価してくださる生産者さんは少しずつ増え続けてきました。特に最近は温暖化の影響が大きくなり、技術だけでは乗り越えられない課題も出てきています。そんな場面で、生産者さんから「助かる」「ありがとう」と言われると、「やってきてよかったな」と感じます。

この10年ほどで、ようやく地域からも共感いただけると感じることが増えてきました。それまでは正直、「変わり者」扱いでしたからね(笑)。なにせ周囲と逆のことをやってきたわけですから。私たちが実践しているのは、生産と消費の好循環です。売れればいいという話ではありません。食べてくださる方がいるから生産を続けられる。そのつながりを大切に育てていけたらと思っています。


塩漬けした梅を天日干しする様子

「推し産地」をめざし
地域の魅力を伝える

——和田さんから見て、奥大和の魅力はどんなところですか?

もう魅力しかないと思ってます! 奈良県は、コンビニよりも古墳のほうが多い県なんですよ。ここは大阪からおよそ1時間半離れただけで、ありのままの自然の景色があり、作物を育てられる。農産物を流通するうえでも、消費が近いところにいるのは恵まれていると思います。

——逆に、今の農業や地域の課題はなんでしょう。私たちにできることはありますか?

やはり気候変動の影響は深刻です。今年は過去20年間で一番雨が降っていないですし。年々、これまでと同じようには作物が育たなくなっています。たとえば柿の色づきに必要な夜の気温は18度への低下ですが、以前はお盆過ぎだったのが、ここ5年は10月初旬にずれ込んでいる。寒暖差が少ないと実が色づかないので、中は甘いけど見た目は青いままという現象も起きています。最近はエネルギーの問題も切実ですよね。今はまだお金を出せば物を買えますが、そのうち厳しい時代になるかもしれない。常にそうした危機意識を持っておく必要があると思います。

そして残念なことに、地域の人口は減り続けています。全国の農業人口も、1960年代に800万人だったのが、今では110万人ほどに。そこで私たちは、「この地域に興味を持っていただくこと」に力を入れています。どんなにいい商品でも、存在を知られていなければ選んでいただけません。理想は、「推し産地」になることです。今、消費が低迷するなかでも「推し活」消費は年々増えているそうですよ。好きなアイドルのためなら全国どこにでも駆けつける。その熱量を「産地」に向けてもらえたらと思うんです。2021年にグランピングやカフェをオープンしたのも、まずは来ていただくためのきっかけ作り。農業だけに頼らない、次世代の雇用創出の狙いもあります。実際、グランピングには若い子が何人か就職してくれたり、リピーターさんができたりして、手応えを感じていますね。

みなさんにはぜひ「生産に参加する」ことをしていただきたいです。柿の実が青くなった背景を知りながら食べることも、マルシェなどのイベントや、産地に来ていただくことも、もちろん遠方から商品を買っていただくことも、すべてが生産に参加することにつながると思うんです。どんな形であれ、私たちの営みを応援をし続けていただくことが、なによりの支えになります。

——これからの展望をお聞かせください。

王隠堂は、昔から「頭で考えているだけでなく、まず一歩踏み出してみよう」という社風です。それを50年以上、繰り返しやってきて、今がある。課題は尽きることなくやってきますが、私は「10人のうち3人が賛同してくれたら流れが変わる」と信じています。そのきっかけを作るために、これからも仲間と力をあわせていきたいですね。

グループ内には、明治時代から続く酒蔵「美吉野醸造」もあります。多様な商品を開発できるという強みを活かして、これからもみなさんが安心して口にできるものをお届けしていきます。柿や梅に興味を持ってもらって……突然たくさん買わなくていいんですよ(笑)おいしかったらまた買ってもらって、普段の食生活の一部として楽しんでいただけたら、それが一番嬉しいです。

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