アメリカとイスラエルがイランに奇襲攻撃をおこなったのが、今年の2月28日でした。それから今日まで、攻撃と攻撃の応酬の間にも双方からの情報戦が繰り広げられ、なにが真実なのかはまったくわからないまま、やや落ち着いたり、また攻撃が再開されたりしてきました。何度も停戦、または小康状態になるたびに株価は上昇し、人と人が殺し合っている間にお金儲けをしようとする人たちが多いことに、改めて驚いてきました。本稿を執筆している時点(7月上旬)では、しばらく続いた停戦状態が綻び、また戦闘が再開されています。読者の皆さんが本誌を手に取って読まれている段階でなにが起こっているかは、まったくわかりません。願わくば、私がこれから書くような状態ではなく、バラ色の未来が広がっている状態で皆さまに私の話を読んでいただいていると信じたい、という希望は捨てずに書き進めていきます。
楽観だけでよいのか
私は、一方的な奇襲攻撃からスタートし、国家元首が惨殺された一方の当事者がいるという状態で、あっさり戦争が終結するという楽観的な見通しを立てることはできず、多くの日本国民よりは悲観的に考えてきました。どんなときにも危機管理の要諦は「悲観的に考え、楽観的に行動する」というのを私自身のポリシーとしてきたので、いつも通りではあるのですが、責任を人に負わせることができない自然災害とは違い、憎しみが憎しみを呼ぶ殺戮の連鎖を目の当たりにすると、あえて悲観的に考えて事態に備えるというよりは、状況を冷静につなぎ合わせて分析すれば、楽観的に考えたくても到底そのようには考えられない、というほうが正確だと思います。
戦争が始まってからも、私は企業経営者であることは変わりませんので、日々の仕事はもちろんのこと、投資が絡むような採用、新規事業、資金調達などから逃れることはできません。しかし、この戦争が始まってからの私の見立ては、世間のように狂乱株価に浮つくことも、政府がなんとかしてくれるという甘い期待も一切抱けないほどの悲観的シナリオです。ホルムズ海峡の状況が少し良くなると、「新規事業はどうされますか? 」「閉めたレストランはいつ再開されますか?」「次の手を打つための積極採用をしませんか?」「新しい店舗を検討されませんか?」「それらに資金が必要ではありませんか?」という話が続々とやってきます。このような話がたくさんやってくるということは、それこそ世間は戦争などないような機運がまん延している証拠ともいえ、私はこのような根拠のなさすぎる楽観論に、いささか戸惑ってしまうのです。
ひとしきりそのような話を聞いた最後には、「私はこのようなときには、じっとして、動かないことが最善だと思っています。従前から続けていることは誠実に最小限の状態で継続はしますが、新しいことなど到底できる社会環境ではないと思います」と申し上げますと、一様に不思議そうな顔をされて、「わかりました」と話が終わります。金融機関様には「売上の目標は一切立てません。そんなのは絵に描いた餅に過ぎないからです」と20年近く言い続けてきました。一応資金は貸してはくださいますが、野心的ではない経営者ほど面白くない相手もいないでしょう。わかってはいるものの、本音ですから致し方ありません。
スピリチュアルな方が読めば、なんてこの社長はマイナス思考なんだろうとお思いになるかもしれませんが、感謝もしていない人が「ありがとうございます」と何万回も言い続けるとツキが良くなって豊かに幸せになれるからと、ありがとう、ありがとうと軽々しく呪文のように言い続けるのを聞いたときの違和感ってわかりますか? 私はそのような感情と言葉の乖離に関して敏感なタイプですので、ついそういうのが気になってしまうのです。究極的には私は楽観的な人間ですが、自分の思い通りになるということを手放したときにこそ、そのような楽観に至れるのであって、なんらかの願望、たとえば「豊かになれるからありがとうと言い続けます」などというのは、私にはちょっと理解できないのです。「どうなっても御心のままと受け止めています。ありがとうございます」ならとても共感できます。
じっとする
通常モードのとき、私はむしろ多動気味で、周りからは「また新しいことをやるんですか」「今度はなにを企んでいるんですか?」と半ば嘲笑の対象になるほど、興味の範囲は広く、いろんなことに手を出します。一方で、自分の認識として今は動くべきではないタイミングだといったん考えると、ひたすらじっとします。これが正しいのかどうかはわからず、最近の株高で儲けた人たちはこんなことはいわず、積極的にリスクをとってその果実を手に取るのでしょう。しかし私は、むしろ本能的にそのようなことができないタイプであるようです。病気のときもまた、私はスイッチが切れたようにじっとして、ひたすら回復を念じて巣ごもりしますので、見た目ほど無理するタイプではありません。
冬眠する哺乳類は体温を下げ、代謝レベルを最小にして、平常時の何十分の一にまで省エネ化するようです。私はそこまではできませんが、穴蔵に入ってじっと、真夏にやってきた冬が過ぎるのを待つのも、忙しすぎる現代人がサバイブするための、ひとつのスキルだと思っています。
どうか、世界人類が平和でありますように。
