前号まで約1万年前に始まった農耕の歴史について、植物の突然変異と人類による育種、挿し木による栄養繁殖の栽培技術を獲得したところまでご紹介しました。今号では、さらに高度な技術を獲得していった歴史についてご紹介します。
●異なる植物同士をくっつける
これまでご紹介した技術発展の後、約6000年前にメソポタミアで、リンゴ、ナシ、スモモ、サクランボの栽培が始まりました。これらの果実は、自らの花粉ではなく、別株の花粉を受粉して結実します。そのため、種子に含まれる遺伝情報はそれぞれ微妙に異なります。だから、美味しい果実の種を蒔いても、美味しい果実がなるとは限らないのです。これは、さまざまな気候や土壌に適合し、繁殖地を広げるためには、植物にとって「遺伝情報は多様なほうが良い」という生存戦略の現れです。また、これらの果実は挿し木で育てることはできませんでした。しかし、挿し木で育てた子株は親株と同じ遺伝情報を引き継ぐことを知っていた人類は、次に異なる植物同士をくっつける「接ぎ木」の技術を発見しました。これは、「育てたい果実の若い枝」と「根っこを生やした親株」の切断面同士をくっつけて育てる方法で、植物が自身の傷を治す修復能力を利用した技術です。隣接する木の枝が風で擦れ合い、傷ついた部分同士がくっつくのを見て、この方法を思いついたようです。これを人工的に安定して再現させるには、細胞レベルでの精緻な密着が必要で、石器ではなく堅くて鋭利な刃物が作れる技術の発展を待たなくてはなりませんでした。
「医学の父」といわれる古代ギリシャのヒポクラテスが、接ぎ木の親株と子株の関係を子宮で育つ胎児に例えて記述したことは興味深いです。また一方で、宗教的モラルによってユダヤ教では接ぎ木は禁じられていて、当時、代理母出産の是非を問うような議論が起きていた様子も想像できます。
種類の大きく異なる植物同士を接ぎ木する技術開発など、現在も先人からのバトンを引き継いで新たな開発が進められていて、楽しみなことです。
ソメイヨシノも接ぎ木の技術に支えられています