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中川信男の多事争論

「多事争論」とは……福沢諭吉の言葉。 多数に飲み込まれない少数意見の存在が、 自由に生きるための唯一の道であることを示す

プレマ株式会社 代表取締役
ジェラティエーレ

中川信男 (なかがわ のぶお)

京都市生まれ。
文書で確認できる限り400年以上続く家系の長男。
20代は山や武道、インドや東南アジア諸国で修行。
3人の介護、5人の子育てを通じ東西の自然療法に親しむも、最新科学と医学の進化も否定せず、太古の叡智と近現代の知見、技術革新のバランスの取れた融合を目指す。1999年プレマ事務所設立、現プレマ株式会社代表取締役。保守的に見えて新しいもの好きな「ずぶずぶの京都人」。

「正しさ」よりも大切なこと

投稿日:

今年に入ってから私が何度もその哲学やレシピの秘密について記事を書いてきた飲食店「プレマルシェ・オルタナティブ・ダイナー」は、本誌が皆さんのお手元に届くころには、一時閉店することになっています。「どうして、こんなに急に、こんなことになってしまったのだろう」という気持ちを、経営者である私自身も抱えているのですから、読者の皆さまにとっては、なおさら不可解に映ることでしょう。具体的な事情については、「プレマルシェ・オルタナティブ・ダイナー」の公式サイトをご覧いただきますと、最初の記事で説明しています。いずれにしても、私の志は8年でひとつの区切りを迎えることになってしまいました。

ダイナーが目指したもの

本稿の執筆日現在、世界ではなお、アメリカとイスラエル、イランが戦争状態にあります。もちろん、それぞれの国、それぞれの立場には、それぞれの「正しさ」があるのでしょう。しかし、その「正しさ」を互いにぶつけ合い、自分たちこそが正義であり、相手こそが誤りであると主張し合うことが、結局は争いと破壊を深めるばかりであることを、私たちは何度見せつけられてきたでしょうか。

国家と国家ほど大きな話でなくても、今の時代には、日常のあらゆる場所でこの構図が起きています。食の世界も例外ではありません。ヴィーガンか、そうでないか。グルテンフリーか、そうでないか。オーガニックか、そうでないか。健康志向か、そうでないか。違いがあること自体は自然なことであるはずなのに、いつのまにか、その違いが人を裁き、排除し、分断するための武器に変わってしまうことが往々にして起きています。

特にこのような対立の構造は、コロナ禍で加速した印象があります。マスクをどう解釈するか、ワクチンは善か悪か、居住地は何県かなど、例を挙げればきりがありません。そのような対立の構図が浮き彫りになったコロナ禍を経て、その後は極端なナショナリズムが台頭します。右から左に至るまで、○○ファーストという言葉を好むようになってしまい、そもそも順位づけが適さない事柄にまで、どちらが優先かを断じることが美徳のようになってしまいました。そのような文脈のなかで、価値観がまったく違う敵など殲滅してしまえばいい、文明が破綻するまで叩き潰せばいい、彼らは人ではなく動物だとまで言う人物が、武力を行使できる時代になってしまったのです。

プレマルシェ・オルタナティブ・ダイナーが目指していたのは、まさにその逆でした。違いをなくすことではなく、違いがあるまま、ひとつの食卓に着くことができる場をつくること。人種、国籍、宗教、文化、思想、嗜好、健康上の理由から食に制限がある人たちが、それでも同じテーブルを囲み、笑顔で食事ができること。それを、私たちは単なる理念としてではなく、店という具体的な形で実現しようとしてきました。

食べられるものが違う。選びたいものが違う。信じていることが違う。そういう違いは、本来、非難の理由ではなく、理解し合うための入り口であるはずです。私はずっと、食の多様性を認め合うことは、世界平和のごく小さな、しかし確かな種になると信じてきました。だからこの店は、単なるレストランとしてではなく、違いを越えて同席するための実験の場でもありました。私が経営しようとしていたのは、単なる飲食店ではありません。あくまでも、そのような『場』をつくりたかったのです。

実際、休業を決めざるを得なくなってから、別の部署であってもいいからまだプレマで働きたいと希望してくれた皆さんと個別面談を進めることになり、私から、このような事態になってしまったことに対してお詫びをし、どのような気持ちでダイナーで働いていてくれたのかを聞きました。すると、ほとんどの人が「違いのある人たちが一緒に食事ができる場をつくりたいという考えに共感した」と言ってくれるのです。彼らにはなんの落ち度もなく、しかしダイナーは存在しなくなるという理不尽さを、私は彼らと共に嘆きました。

再起と祈りの道

このように、世界に不調和が充満したタイミングで一時閉店せざるを得なくなったことには、なにか象徴的な意味すら感じてしまいます。これは、理想を掲げるだけでは現実は支えられない、という厳しい暗示なのでしょうか。それとも、いまはいったん店を閉じることで、次にもっと深く必要とされる未来が見えている兆しなのでしょうか。正直に言えば、私にもわかりません。

ただ、人生に起きるすべての出来事には必ず意味があるということだけは、私は何度も経験してきました。さらに、稜線の向こうには見たこともないまた別の景色が広がっている。そのことを知っているからこそ、この出来事も単なる後退ではなく、なにかを組み替え、鍛え直し、より良い形で再会するための通過点なのだと受け止めようとしています。

幸いなことは、そもそもの志を共にするスタッフたちが、ゼロになるわけではないということです。彼らと一緒に仕事を続けていれば、社会の不協和音があるべきところへ向かう過程で、私たちにもまた、あるべき状況がやって来ることでしょう。

世界が平和でありますように。すべての生きとし生けるものたちが、健やかで幸せでありますように。痛み、悲しみ、苦しみを抱える人たちのそれらが、少しでも小さく、楽になりますように。

いざというときにも備える

ダイナーの一時閉店と同時に、ジェラートを作るのはスタッフではなく、私自身が作る状態に戻ることになりました。この事情はダイナーの閉店アナウンスに記載しているのですが、これはある意味、お得意様には朗報です。私の祈りを加えた「心の薬」である本来のプレマルシェのジェラートを感じていただくことができます。京都や中目黒の直営店で5月中旬頃から提供されるジェラートは、私自身が製造にあたったものに変わります。

プレマルシェのジェラートを見てみる>>

「正しさ」よりも大切なこと

- 中川信男の多事争論 - 2026年5月発刊 vol.224 -, , , , ,

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